小説 川崎サイト

 

早い目の避暑


「初夏ですなあ」
「そうか」
「暑くはありませんか」
「暑い」
「初夏ですからなあ」
「そうか」
「今年は早い目に村岡へ参りましょうか」
「そうじゃな」
「百所どもは、今年はとんでもない暑さになりそうだと申しております」
「初夏でこの暑さじゃ。先が思いやられる」
「では、早い目に避暑へ」
「村岡在には誰がおる」
「栗田様が預かっておられましたが、高齢なので、前川様が」
「前川も年寄りではないか」
「留守番ですから」
「そんな僻地へ行かすことはない」
「しかし屋敷は広うございますから、地の者に預けるのはどうかと思います。まあ、決まりですから。それに留守居役、意外と好評でして、希望する者が多いのです。嫌々ながら行くんじゃありませんので」
「そうか」
「去年も行ったが、敷地内から出なんだ。村岡には何があった」
「ただの山際の村です。ちょっと高いところにありまして、涼しいのです」
「それは分かっておるが、村岡には何がある。ちょっと見てみたい気もしてきた」
「そうですか、案内させましょう」
「で、何がある」
「氷室が奥にあります」
「ああ、それは知っておる」
「それぐらいでしょうか」
「しかし、今日は暑い。どうも真夏が早く来るようじゃな」
「では、早い目に行きましょう。私も行きますので」
「そうか」
 しかし、村岡に着くと雨が降り出し、梅雨が始まった。それで涼しいどころか、寒く感じられるほど」
「例年だと、梅雨が明けてから行くのでした。忘れていました」
「そうか」
 
   了




2022年5月31日

 

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