小説 川崎サイト

 

アジサイ坊主


「ご飯ご飯、またご飯か。ご飯ばかり食べておるのう」
「三食です」
「先ほど食べたばかりじゃ。朝、食べて、そのままゆっくりしておった。何もしておらぬ。そしてこの昼食。朝食後にやったのはこの昼食だけになるかな」
「修行をされておられました」
「ボッとしておっただけ。何かやろうと思うたのじゃが、何をしようかと考えている間に、昼になった」
「和尚様らしい」
「わしらしいか」
「はい、和尚様は身分の高いお坊様です。もう誰の指図も受けずに、御自身で修行に励まれる身」
「指図か」
「はい、大山門様と同列なのですから」
「ああ、山門はあいつに譲ったよ。わしは修行がしたいのでな」
「だから、誰の命にも従う必要はありません」
「わし自身の指図を受けよるわ」
「和尚様が和尚様に命じられるわけですか」
「しかし、上手く指図出来んようで、あっという間に昼になった」
「じゃ、御自身で決められては」
「誰が決めても、わしには変わりはない」
「そうでしたね。お師匠様はお一人なのですから」
「気持ちの悪いことをいうではない」
「はい。では夕食はいかがなさいますか」
「あの料理人。出来るなあ」
「都から来ておりますから。私も毎食が楽しみで」
「あやつが寄越したのか」
「そうです。大山門様です」
「修行の邪魔をするつもりじゃな。昔から意地悪が好きなやつじゃ」
「でも、大歓迎です」
「しかし、食べてばかりじゃ」
「じゃ、昼食後の散歩などは如何ですか。ツツジは終わりましたが、アジサイが渋谷で真っ盛りとか」
「それはいいのう。やることが出来た」
「それは何という修行になりますか」
「ただの散歩じゃ」
「あ、はい。私もお供をします」
「そうか」
「しかし、和尚様」
「何じゃ」
「修行の目的は何でしょうか」
「アジサイのか」
「違います。ずっとこの山寺に籠もっての修行の目的です」
「修行することが目的じゃ」
「ああ、分かりやすい」
「いい修行が出来れば、それでいい。なかなかそういう修行は出来んでな。それで、いろいろと考えておるんじゃ。どんな修行がいいのかと」
「ああ、そうでしたか」
「雨が降りそうじゃ。早く出掛けようか」
「はい、参りましょう」
 
   了



2022年6月2日

 

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