小説 川崎サイト

 

黒幕


 岩見佐馬という年寄りが亡くなった。蔵番などに長く関わってきた小役人。身分は高くないが、その方面では詳しかった。
 島内小五郎という者が、岩見宅を訪れ、何か言い残さなかったかと家族に聞くが、遺言もなかったらしい。
 島内小五郎は仲間にそのことを告げたが、何か書き残しているのではないかと言いだした。当然だろう。何か手掛かりを残しているはずだと。
 島内小五郎は岩見佐馬が書き残したものなどがあれば、見せて欲しいと頼んだ。
 家族は既に手文庫の中を改めており、これといったものはないとか。
 それでもいいので、見せてくれと頼んだ。これは藩の大事なことと関係するかもしれないので、と念を押して。
 手文庫の中を、それこそ重箱の隅を突くように探した結果。紙切れが見付かった。そこに「ざき」とだけ書かれてあった。
 島内はそれを持ち帰り、仲間達に見せた。
「こいつが黒幕だな」
「ざきです」
「ざき」
「山崎、島崎、尾崎などがそれに当たるだろう」
「岩見殿はずっと見ていたはず。藩の財政に関わることでは詳しいですからねえ。不正がおこなわれているのは知られていることなのですが、なかなか尻尾を出しません。それに表沙汰にならないのは黒幕がいるからです」
「岩見殿に以前から何度も聞いているのですが、言うわけがありません。首が飛ぶでしょう。しかし、最後の最後になり、黒幕の名を書き残したものだと思われる」
「尾崎が怪しいでしょう。尾崎しかいない。山崎は身分が低すぎる。島崎は剣士だ。こういうこととは無縁のはず」
「しかし、尾崎は重臣の一人だが、そんなことが出来る人には思えませんよ。黒幕なんてがらじゃない」
「調べれば、尻尾が掴める」
 しかし、尾崎は藩の重臣とは名ばかりで、家老の家に生まれただけなので、あとを継いでいるだけ。それに黒幕のようなことが出来る人物ではない。黒幕には雰囲気がある。しかし、尾崎には裏表がなさそうで、その家も以前よりも衰えている。黒幕なら実入りもいいはずだ。
「やはり見当外れか」
「残る島崎と山崎も念のため調べましょう。意外とか、案外とかがあるかもしれませんからなあ」
 しかし、そういうことはなかった。
 藩の財政を鼠が囓っているのは分かっていたが、その程度はよくあることなのかもしれない。
 黙っていたが、岩見の奥方は知っていた「ざき」とは「さき」のことで「咲」
 岩見佐馬の若き頃の思い人、お咲さんのことだった。
 
   了
 


2022年6月3日

 

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