小説 川崎サイト

 

庭の防空壕


 有村というちょっとした金持ちの家がある。あったと言うべきか。今もその跡地は残されているが、建物は当然ない。
 明治の終わり頃から大正にかけて活躍した人が建てたもので、いわば成金。そのため、屋敷町ではなく、都会から少しだけ離れた普通の町に建てた。といっても広大や敷地を誇る、というわけではなく、廃業した町工場跡。普通の住宅地の家よりも広い程度。
 このあたりは工場がそれなりにあり、太平洋戦争の時は空襲されている。
 有村家もその場所にあるため、防空壕を作った。それが今も残っているらしい。
 ただ、敷地跡は野原のようになったままで、高い鉄柵が施され、中には入れない。猫程度なら簡単に入り込めるが。
 もう既に有村家は戦後、消えたようにいなくなっている。誰かが管理しているはずだが、ただの野原。
 有村家の庭に防空壕があったとされるのだが、珍しくはないだろう。あちらこちらに穴を掘り、防空壕を町内ごとに作っていた時代だ。
 ただ、有村家の防空壕はかなり深いようで、それを調べた人がいる。
 有村屋敷には地下室はない。だから、井戸のようなものだが、縦よりも横に拡がっている程度。
 しかし、個人宅の防空壕にしては広い。まるで小規模な軍事施設のような感じで、横穴が複数あり、小部屋のように並んでいる。
 その一番奥の部屋が一番広く、そこからも横穴が三方にあるが、床の間程度の奥行きしかない。物置だったのかもしれない。
 その調査報告によると、これは防空壕ではないらしい。軍事施設でもない。敢えて言えば、何らかの宗教的な行事のためのものではないかと言われている。
 防空壕はカムフラージュなのだ。
 しかし、何を祭っていたのかは分からないし、有村家が何らかの宗教に関わっていた情報もない。
 有村家の消息が分かっていないのだが、その関係者から聞いても、よく分からないらしい。
 調査は邪魔が入り、途中で中止。もう少し調べれば、何の施設だったのかが分かったかもしれない。もしかして、墓だとかも。
 今も、槍のような柵に囲まれた跡地は残っている。頑丈な柵で、扉もある。鍵が新しくなっていたりするので、関係者が出入りしている可能性が高いが、ただの管理かもしれない。
 ただ草は伸び放題で、自然に生え、自然に枯れ、また草が生えを繰り返している。
 
   了


2022年6月20日

 

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