小説 川崎サイト

 

変化の兆し


「普段とはちょっと違うことはありませんか」
「毎日違いますよ」
「崖から、普段は出ない水が出ていたりとか」
「そんな崖などありませんよ。ここは平地で、崖なんて見るの、丘とか山とかに行かないと、お目にかかれませんよ。それに毎日となると、無理です。毎日ハイキングに出ているのならいいのですがね。しかし、ここから山へ行くには電車で何駅か乗らないと行けない。だから、そんなこと、日課にしている人など少ないでしょ。まあ、仕事なら別ですがね」
「長い説明、有り難うございました。そういうことも含めて、日々の中でちょっとした変化とか、今までなかったようなこと、ありませんか」
「だから、先ほど言ったでしょ。毎日一寸した変化はありますよ。それに、これまでになかったことも、たまに含まれますよ」
「それらは予兆です」
「それじゃ、毎日予兆だらけではないですか」
「少しお聞きしますが、毎日起こっている変化とはたとえばどんなことでしょうか」
「今日は左の脇の下側が痒い。そこ、弱いところです。蚊に刺されたのか、出来物が出来たのかは分かりませんが、いちいち見るほどのことじゃない。これは今まで一度も体験したことのないことですよ」
「あのう、他には」
「今日は息が重いです。低気圧のせいでしょうかねえ。しかし、そんな日でも何ともない日がある。昨日はそんなことはなかった。でも、たまにあるので、今まで経験したことのないことではありませんが、いつもとは今日は違う。息がね。重い」
「人間関係ではどうでしょうか」
「何が」
「ですから、ちょっとした変化」
「そりゃ、変化するでしょ。生きているんですからね。着るものも変わるし、いつも喋る店の人も、その日だけは無口だとか。だから変化しまくってますよ」
「それらは予兆です」
「だから、それじゃ、予兆ばかりで、忙しいじゃありませんか。それに何の予兆なのか、分からないと。それに、そんなに気をつけて接していませんよ。それこそ神経質になる。これは体によくない。起こりもしないことを心配し続けると食欲も落ちる。そのため、体力も落ちる。まあ、起こらないとは限りませんがね。それは何事もそうでしょ」
「長い説明、有り難うございます」
「それで、あなた、何が言いたいの」
「ちょっとお聞きしただけです」
「聞くだけ? そのあと、そのあとの話はないの」
「いえ、もう結構です」
「どうして」
「あなたのガードが堅くて、入れそうにありませんから」
「あ、そう」
 
   了

  


2022年7月8日

 

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