小説 川崎サイト

 

妖怪蝉丸



「夏場の怪談。これはいいでしょ、博士」
 妖怪博士、夏は暑いので夏休み状態。頭も回らないようだが、担当編集者は夏の怪談を依頼してきた。夏の初めとはいえ、その雑誌が出る頃は夏は過ぎているだろう。
「夏には間に合わんと思うがな」
「いえ、夏が終わり、秋になる頃に出ますので、まだいけます」
「そうか」
「何か、ありませんか」
「蝉捕り少年」
「そういう怪談ですか」
「話としては奇妙すぎるので、話にはならんがな」
「だから怪談なのです。是非、その蝉捕り少年でお願いますが、どういう内容でしょうか」
「少年でも少女でも良い。どちらにしても小学生ほどで、一人で森に蝉を捕りに行った。
「今なら親が付いてきますがね」
「もう何十年も前の話だ」
「じゃ、古い話」
「いや、最近の話じゃ」
「今も一人で森へ蝉を捕りに行く子はいるかもしれませんからね」
「しかし、その子は数十年前の子供がよく着ていたものを着ておる」
「最近の話でしょ?」
「時間が止まって、その森の中の、そこだけが固まったかのような状態。そこで、未だに蝉捕りをしておる」
「誰が」
「だから、数十年前の子供だ」
「森はどうなんです」
「最近のものだろう。数十年前、まだ苗だった木も生長しておる。大木は、あまり変わっておらんかもしれんがな。幸い森の中で、森の外は見えん」
「それを見た人がいるのですね」
「それだけでは怪談ではない。服装が少し古臭いが、小学生が蝉捕りをしている程度。気にも掛けないだろう。しかし、子供が一人で、こんなところにいるのは、気になるが、近所の子かもしれんと思う程度」
「程度の問題なのですね」
「しかしじゃ」
「はい」
「本人が見ておる」
「何が」
「だから蝉捕りの子を」
「誰が」
「だから、本人がじゃ。大人になった本人が子供時代の自分を見ておる」
「有り得ませんねえ」
「だから怪談。そして怪談以前のお話しにもならんような話じゃ」
「一度、そういう怪談、先生は、書きませんでしたか」
「あれはトンボ捕りだったかな」
「蝉でも書かれたはずですよ」
「もう忘れた。ただ、森の中で蝉を捕っておる子供の絵が出てきたのじゃ」
「え、どこに」
「脳裡にじゃ」
「想像ですね。イメージですね。はいはい」
「まるで、自分の子供の頃のような子供が蝉を捕っておると思い、近付いてみると、子供も気づき、こちらを見る。その顔、バケモノ」
「そこで妖怪ですか」
「妖怪蝉丸」
「竹林の中で、口裂け女を見たようなものですねえ」
「まあな」
「じゃ、それでお願いします」
「分かった」
 
   了



2022年7月23日

 

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