小説 川崎サイト

 

家鳴り

川崎ゆきお



 立花は郊外で古い家を買った。
 もう通勤の必要がないため、不便な場所でもかまわなかった。
 都心部のワンルームマンションに住んでいた。
 部屋数の多い家に住んでみたかったのだ。
 買った家は二世帯でも十分暮らせる二階建ての大きな日本家屋だった。
 立花一人が住むには広すぎる。しかし、その余裕を味わいたかったのだ。
 自分の家になった時、大いに得心した。
 畳や襖はそのままでも使えた。そういう和式感覚も子供のころ以来で、懐かしくもある。
 結局一階の庭に面した八畳の間で間に合った。
 炊事場も広い。土間もあり、浴室もあった。
 怪談は自分で作ってしまうものだろうか。
 使っていない部屋が気になる。その気が怪奇を呼ぶのかもしれない。
 隣の部屋へ行く用事がない。玄関から八畳の間へはひと部屋通り抜ければよい。炊事場も便所や浴室も他の部屋の前を通る必要がない。だから覗く機会もない。
 二階になると行く用事は全くない。
 引っ越したころは二階からの眺めを楽しんだのだが、それだけの用事で上がるのが億劫になった。
 怪談はこの二階が発生源のようだ。
 夜中など上からささやき声が聞こえる。
 何かのきしみ音かもしれないし、ネズミとかが入り込んでいるのかもしれない。
 雨の日や、風の強い日など、妙な音が聞こえることもあるが、これは原因が分かっている。雨戸に当たる音とか、木の枝が樋をこすっているとかだ。
 しかし、そのささやき声は静かな時に聞こえる。
 静かだから聞こえるのかもしれない。
 耳を立てて聞いていると、どんどんボリュームが上がる。
 立花は何度かそれで二階に上がり、全部の部屋を確かめたが、特に異状はない。
 押し入れや納戸も調べたが、原因らしいものはない。
 ささやき声は、独り言をつぶやいているようにも、老婆が二人会話をしているようにも聞こえる。いずれもゆっくりとした話し方だ。
 眠っている時には聞こえない。
 寝入りばなに聞こえる。朝は聞こえない。
 耳なりではない。
 怪談というほどのことではないが、音の原因は不明なままだ。
 立花はこのささやき声の正体を見つけだすのを暇つぶしの楽しみとすることにした。
 
   了

 


2007年11月01日

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