小説 川崎サイト

 

夕暮れ坊



 夕暮れ坊の話があるのだが、妖怪博士は乗り気ではない。どうせそんなものはいないし、また繊細な幻想のように思うため。これは直感で、何となくそう感じた。
 夕暮れ坊は夕方、もう薄暗くなりかけた夏の日に出るらしい。坊主頭で、着ているものは分からないが、人と同じ姿。山岡町の外れの畦道に出るらしい。村から里山に入る通り道で、夕暮れ坊は里山へと歩いて行く。
 だから、子供が里山で遊んでの戻り道にすれ違うらしい。ただし、一人の時に限られる。
 村の方から来るのだが、その後ろ姿を見た人はいない。正面しかない絵のようなもの。
 また夏のその頃、日は沈んでいるが西の空はまだ明るさが残っている。つまり、逆光で西を背にして歩いてくる。
 かなり近付くと、顔が分かるが、その顔がモグラに似ているらしい。だから頭は動物なのだ。そのため、妖怪だとされている。
 というのを妖怪博士は担当編集者から聞いたのだが、これは触らない方がいい妖怪話ではないかと思った。あまり考えないで、思っただけ、という浅いものだが。
「どうなんでしょう、博士。やはり嘘でしょうか。この目撃談。子供ですし」
「見たのだから、いるんだろ」
「でも、何かの見間違いで、モグラ顔の人が里山へ帰るところだったのかもしれません。里山にも家はあります。そこに住んでいる人、勤め人かもしれませんしねえ」
「しかし、夏にしか出んというのがどうなんじゃ。それに一人の時でないと出んというのもな。さらに後ろ姿がないというのも、妙じゃ」
「そうなんですよ。その投稿にも書かれていましたが、すれ違ったあと振り返ると、消えていたとか」
「だから、そういうものがいるんだろう」
「そうでしょ。だから調べてみる必要があるのではないかと思いますが、どうでしょう」
「見たのはその少年一人か」
「いえ、友達も見たと言ってます」
「それじゃ、幻ではない」
「でも、少年が嘘をついている可能性も」
「だから、つかせておけ。従ってこれは触らない方がいい件じゃ」
「そうなんですか。久しぶりの妖怪談なのですがねえ」
「夏の日の夕暮れ、里山で遊び、村へ帰るとき、薄暗い中を歩いてくるモグラ頭の妖怪。ただ単にすれ違うだけ。振り返ると、もういない。それだけ聞けば、もういいではないか」
「行きませんか」
「調査に乗り出せば、その少年、慌てるだろうなあ」
「そ、そうですねえ」
「そういうことじゃ」
 
   了


2022年8月1日

 

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