小説 川崎サイト

 

二の矢の辻



 二の矢の辻は本街道と脇の街道、これは短い。村道のようなものが交わるところ。その角のいい場所に店屋がある。萬屋だ。その辻沿いにはもっと大きな大店があるためか、萬屋が貧相に見える。ただし、一番いい場所。
 老婆が一人で切り盛りしていたのだが、客は少ない。日用品を売っているためか、村人しか買いに来ない。客の多くは旅人で、一寸した宿場町だが、城下まではあと僅か。
 そのため、城下並の店が出来ているが、町家の規模ではない。
 その老婆、耳も遠くなり、店番もまなならぬので、そこを閉めて、村奥にある家に戻った。ここも萬屋だが、既に店はやっていない。二の矢の辻に店を構えたためだ。
 しかし、辻にある店屋の前で起こったことは言い伝えになり、昔話として語り継がれている。この老婆がそれを広めたのだろう。
 まだ老婆が少女の頃に実際に見た事件だ。それが二の矢の由来。
 ある武将が矢で射られた。暗殺だ。武将はそれなりに名のある者で、それなりに聞こえし誰某、という感じだったが、敵が多くいた。それで刺客に襲われた。武器は弓。その名手なのだ。
 一矢で武将は落馬した。それを確認した射手はさっと逃げ去った。
 武将は鎧に強い衝撃を受け、矢だと思い、とっさに馬から落ちたのだ。落ちるとき、怪我のないよう、ずり落ちるように。
 そして、しばらくは死んだふりをしていた。これで助かった。二の矢が飛んでこなかったため。
 老婆はそれを萬屋の店先で見ていた。それを色々な客に語った。二の矢が飛んでこなかったことで助かったので、この辻の名を二の矢の辻というようになったのはそのときだった。
 命拾いしたその武将。そこが二の矢の辻となっているのを知ったとき、苦笑した。その話はあまりしたくないのだろう。
 どこか恥ずかしさもあったようだ。
 
   了


2022年8月3日

 

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