小説 川崎サイト

 

バタフライの夢


 一寸した変化。これは田島が起こした変化だが、大したことではない。何でもないことで、取るに足りぬ事。大事なことではない。
 その朝、鞄にいつもは持ち歩かないものを入れた。しかし、ずっと以前ではそれがいつもの品に近いのだが、あまり記憶にない。似たようなものをとっかえひっかえ持ち出していたため。
 田島は何を思いだしたのか、たまに使っていたものを鞄に入れる。それに関連するものを昨夜弄っていた。
 それはメインの品で、これの簡易版のようなのも持っていたことを思い出した。
 一寸した変化、そのことではない。日常的にもよくあることだが、それを持ち出した日に限って出先で必要なものを忘れた。これは大事なもので、出先で仕事が出来なくなる。そんなことは今まで滅多にない。
 田島は寝る前に、その大事なものを鞄に入れてから寝る。忘れないように。朝、起きたとき、出る前に入れればいいのだが、それで忘れることたまにあった。殆どは気が付き、すぐに取りに戻った。
 その日は、どうやら前夜に入れるのを忘れていたようだ。原因は分からないが、気付かなかった。その作業を。
 作業といってもさっと掴んでさっと鞄に入れるだけ。
 だが、前夜は暑かったので、久しぶりに卓上扇風機をサブとして置いた。机の上は一杯なので、置けないので、その大事な物の上に置いた。これはUSB接続で回る。
 それよりも、大事な物の上に置いたので、扇風機の方が目立ち、寝る前、大事なものに気付かなかったようだ。そして朝、出るときも。
 だから、久しぶりに使うものを朝、鞄に入れたので、大事なものを忘れたのではなく、卓上扇風機が邪魔をしていた。
 しかし、久しぶりに持ちだしたものも、久しぶりに付けた卓上扇風機も、どちらも久しぶりで、いつもとは少し違う。
 それで、出先で大事なものがないので、何ともならないため、往復しただけ。
 そのお陰でいつもよりも早く戻れた。時間的なゆとりを感じた。大事なものを忘れ、出先でやるべきことが出来なかったが、大して支障はない。もの凄く困る話ではなかったのが幸い。
 そして田島はあることに気付いた。組み合わせだ。
 一寸した組み合わせ、一寸した行為。これが次の行為に影響し、流れを変えることも有り得ると。
 南米の蝶が羽ばたくと、というバタフライ効果、風が吹くと桶屋が儲かるようなもの。極めて小さく、また些細なことなどだが、その行為が入ることで、天下も変わり、人生も変わるかもしれない。
 まだ若かった頃、田島は会社へ行く途中、発車間際の長距離バスに乗ってしまった。これは確信犯なので、些細なこと、小さなことではなく、またそのあと大きな影響を与えることは分かっていたので、バタフライ効果ではないが、それを思い出した。
 出勤中、たまたま見かけた長距離バスに乗る。これは決心がいる。出来心は出ても、実行前にストップが入るだろう。
 だが、卓上扇風機を出すのに、そんな気概はいらない。気合いも。
 知らず知らずにやっている普通の些細なことだが、流れの連鎖を起こしている可能性もある。作為的ではなく。
 
   了
 


2022年8月7日

 

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