小説 川崎サイト

 

赤間きつね坂の怪 3−3


 町がきつね色に染まった。そこにいるのはきつねの面を被った人達ばかり。
 しかし、顔見せはするが、それ以上の動きはない。ある程度の距離を置いている。二人が近付くと、すっと後退するか、逃げ出す。
「博士、大丈夫なようです。危害を加える様子はないようです。それに近付くと逃げます。こんな体験は滅多にありませんよ。ここは詳しく丁寧な説明が必要でしょ。解説をお願いします」
「そんな余裕はない。無駄口を叩いておる場合か。用心せい。何が起こるか、まだ分からん。そしてこの事態が問題じゃ」
 そのとき、妖怪博士のズボンに何かが当たる。そして地面に落ちた。ズボンに引っかかっているのもある。
 妖怪博士はそれを取る。
「きつね矢じゃ。噂には聞いていたが、実在していた。朱羽じゃ。吹き矢の竹筒にはきつねを入れるきつね管に近いとされておる」
 先に針が付いているが、短い。しかし、次々と矢が飛んでくる。
 足元を狙っているのだ。二人とも半ズボンでないのが幸い。
「大丈夫じゃないようだな。攻撃してきたぞ」
 子ぎつねの吹き矢攻撃はあまり効果はないのだが、そのあと、何が来るのだろう。
「論理だ。それを知りたい。何のために、こんな狼藉をやっておるかを」
「無茶苦茶です」
「そうか、無茶苦茶でございますか」
「ただの奇かと」
「奇妙と言うことか」
「危なそうです。早く坂を下り、港町のある普通の場所へ戻りましょう」
「論理なき戦いか。理由が分からぬ」
「だから、奇妙な出来事というのですよ」
「そうじゃな。急ごう」
「はい」
 階段の下から吹き矢を放っていた子供達は、さっと蜘蛛の子を散らしたように逃げ去った。
「港が見えてきた。もうすぐじゃ」
「はい、博士。しかし、これ、どう、まとめます」
「それはあとだ」
「はい」
 階段を下りきり、もう岸壁が見え。船着き場も見えた。海岸沿いの細い町だが、フェリーも止まっているし、旅館もある。しかし、きつね坂のあったあたりの方が家は多くあり、逆に賑やかだった。
「ここまで来れば安全だろう」
「そう願いたいところです。最初にフェリーで来たときと同じだといいのですが」
「ん」
「だから、きつね坂が無茶なことになっているのですから、ここも同じ町ですよ。下と上の違いだけで」
「まさか、この港町の人間もきつねの面を被っておるとでもいうのか。そこまでの規模はあるまい」
「そうですね」
 しかし、一本だけ通っているメイン道路を進んでも、人が出てこない。かき氷と書かれた布が舞っているだけで、店の人も客もいない。どの店もそうだし、事務所風の建物は流石に中は窺い知れないが、人はいないような気がする。
 人けがない。元々そういう場所なので、人が掻き消えた印象は薄い。
 猫の子が一匹、横切った。
「猫の子一匹はいる町だ」
「あ、はい」
 二人は一番賑やかなはずのフェリー乗り場前にある赤間旅館の前まで来た。
「無事でした」
 ここまではきつねも追いかけてこないようだ。
 本当に猫の一匹しかいない町になったように旅館に入るが誰もいない。
「ゾンビにやられたんじゃありませんか。既に世界はゾンビの手に落ちたあととか」
「ここではきつねだろ」
「そうですね。だから、きつねに全人類は憑かれたあとだったりして」
「そのようなことはない。まだ論理は崩れておらん。何者かが手の込んだことを仕掛けただけ」
「規模が大きいです」
「しかし、ここは無事ではないか」
「そうですねえ」
 部屋に戻り、担当編集者はすぐに風呂へ行った。呑気な人だ。
 妖怪博士は、疲れたのか、そのまま、寝てしまった。先ほどまでのことを頭の中で整理していたのだが、上手い理屈が思い付かない。
 それに通常の論理を越えている箇所もある。まだ調べていないが、この赤間港に戻ってきてから人を見かけない。旅館の人も顔を出さないし、客もいたはずだが、その気配もない。もう立ったのかもしれないが。
 そんなことを思いながら、ウトウトしだした。坂道の階段、そこでのきつねの行列やきつねに憑かれたような町の人を見て、何かが起こっているらしいことだけは何となく分かったが。
「博士、赤間港ですよ。もう着きますよ」
 妖怪博士は担当編集者の声を聞いた。
「君は、いや、ここは」
「フェリーの中ですよ。フェリーの風呂って、波立ちますよ」
「風呂に行っていたのか」
「ギリギリです。もう着くようです」
「そうか」
「さあ、きつね坂ですね。いよいよ。どんなことが待ち受けているのでしょう。楽しみです」
「全て解決したようじゃ」
「え、何の話ですか博士」
「いや、寝言だ」
 フェリーは赤間港に入った。
 
   了




2022年8月13日

 

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