小説 川崎サイト

 

高レベルの人


「高い山に登れば、見晴らしがよくなる。遠くの方まで見える。意識の高さ。これじゃな」
「じゃ、少しでも背の高い人の方が有利ですねえ」
「そういうことではない。物事がよく見えるかどうかの違い。視野の広さ。遠くまで見ておる。低いとそこまでは見通せん」
「はい」
「井の中の蛙、大海を知らず」
「別に知らなくてもいいでしょ。海が必要ですか。蛙に。それに海水との相性はどうなんでしょう。既に陸に上がった動物ですから、海はもう関係がないのでは」
「知らぬより、知っておる方がいい」
「あ、はい」
「いつも前を見、しかも上を見る。当然遠くだ」
「足元が危ないですよ」
「なぜいちいち突っ込む。話が進まんではないか」
「すみません。つい、気になったので」
「たとえ話、比喩じゃ。これはある境地を指すだけでよい。たとえ話は方便のようなもの。それは現実とは違うが、現実の一断面をよく表しておる。そのポイントを得ることだな」
「でも逆側が気になります。下を見ていると、土が見えます。遠くばかりだと見えません。土ではなく土地は見えますが。土にひび割れが入っていたり、土に小さな豆粒のような草が生えていれば、季節を感じたりします。近くを見るよりも」
「それで」
「ひび割れだと雨が少ないことが分かります。空を見なくても」
「それも道理」
「そうでしょ」
「だからといって近くばかりを見ていてはいけない」
「いやいや、遠くも見ますよ。空も見ますし、星も見ますよ。普通に」
「高い山からなら視野が違う。スケールの大きな人間になる」
「じゃ、山暮らしの人なんか有利ですねえ」
「その山ではない。レベルの高さだ」
「でも高レベルなものばかり見ていると、低レベルなものはあまり見ないのでは」
「いや、違う。高レベルから低レベルを見ておる」
「それって、見下しているのでは? 低レベルを馬鹿にして、とか」
「そんなことはない」
「私の前のお師匠さんは、高レベルの人でしたが、下りました」
「凪原さんのことだな」
「そうです。高いと居心地が悪かったらしいのです」
「それはあるのう。わしもそうじゃ」
「あまりいいことばかり言い過ぎるからでしょう。自分で縛り上げているようなものですよ」
「それを言うな、それが気持ちいいのだ」
「ああ、そういう趣味でしたか」
 
   了



2022年8月30日

 

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