小説 川崎サイト

 

なんともない

川崎ゆきお



 人の反応はよく分からない。難しそうな顔をし、不快そうだと受け止めても、後で聞いてみると腹が痛かった…とかもある。
 上田は相手が不機嫌だと思い、その話を打ち切った。それ以上進めると相手はますます不快になり今後に影響すると考えたのだ。
 用件のもって行き方に問題があったのか、その案件そのものが土台無理だったのかもしれないと諦めた。
「先日の用件だが検討するよ」
 先方から電話が入った。
 上田はすぐに駆けつけた。
「この前は腹の調子がいけなくてね、相手できなかったんだが、あの案件の詳細、よろしくね」
 上田はプリントアウトしたデーターを取り出し、説明してはめくり、説明してはめくった。
 五枚目から歯が痛くなってきた。
 先方が引いて行くのが分かる。
 八枚目になると、うずきがひどくなり、眉間に皺が寄った。
 先方はそれを見逃さない。
 十三枚目で、コメカミの血管が浮いた。
 説明に熱が入らず、声の調子も落ちた。
 痛さを我慢するため、言葉に力みが感じられた。
「説明が面倒なの?」
「いえ」
「興味深い情報だけど、信じていいのかな」
「そのため、データーをお見せしているのです」
「それを拝見する限り、悪くはないねえ」
「はい」
 上田はもう最小限の言葉しか喋れなくなっていた。早く切り上げて鎮静剤を買うか、歯医者へ走りたかった」
「また、今度にするかな。よく考えてから返事するよ」
 先方は商談を打ち切った。
 翌日、上田の歯痛は治っていた。
 早速先方へ電話し、再アタックを試みた。
 先方は商談の続きを受諾した。
「昨日のデーターねえ、持ち帰って検討したんだが、やってみようと思うんだが」
 先方はもう決めているようだ。
 商談は成立したのに近い。
「コストのことだが、正直な価格でお願いしたいんだ」
 上田は、成立したと確信した。
 三割増のコストを請求額としていた。
 上田は一割引いた。
「二割り引きなら決めるよ」
 最後の詰めも決まりそうだった。
 上田は舌で痛かった歯を押した。
 なんともない。
 調子に乗り、舌で痛かった歯の周辺を吸った。
 なんともなかった。
 
   了


2007年11月05日

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