小説 川崎サイト

 

順番


「左は板壁とガラス戸。ここは開かない。だから左側には人はいない。席がないからね。右側にはいる。テーブルは別だが椅子は繋がっているがね。長い椅子だ。その端は右端になる。その先は左端と同じで板壁とガラス戸。こちらは閉まっている。人は出入り出来ない。テラスにもテーブルがあり、椅子がある。パラソルなどもね。まあ、外だね。二階だ」
「店屋さんの話ですか。飲食店とか」
「喫茶店だよ。ファストフード系」
「はい」
「左端か右端の席がいいのは、サンドイッチにならないためだ。挟まれた感じで、左右に人がいるより、片方だけの方がいいだろう。だから、私はその両側の隅の席に座りたいのだが、滅多に空いていない。そことは違うテーブルもあるが、カウンターで狭苦しい。横に並んで座るタイプでね。テーブルは共有。椅子が長いか、テーブルが長いか。どちらがいいかといえば、椅子が長い方がいい。テーブルは一人分の幅。横のテーブルとは離れている。だから一戸建てだね」
「でも椅子が長椅子なので、共用ですねえ。だからやはり一戸建てじゃなく長屋」
「まあ、そうだがね。どちらがいいかという選択が出来る。ただし、全部埋まっていることがある。満席だ。そんなときは一つでも空いている席があれば有り難いよ。好みを言ってられない」
「そう言う話でしたか」
「違う。先ほどの左端の隅のテーブルに、その日、つくことができた。たまにはあるが、多くはない。余程すいている時なら空いているがね。その日は満席だった。私は諦めようとしていたのだがね。すると、立ち上がる人がいた。左端の人だ。私にとっては特等席。この偶然は何だろうかとね。ほんの数秒違い。もっと早く来ておれば、満席のまま」
「それはよかったですねえ。運がよかったのですね」
「影を見ていて分かった。何かおかしいぞと」
「え、影ですか」
「家を出て、数歩歩いて気付いた。私の影が前にある。髪の毛が映っている。そんなはずはない。帽子なのでね。外に出る時は。それで、帽子を被るのを忘れているのに気付いた。それを取りに戻った。このロス時間。これが左側の席が空くタイミングとピタリと合ったことになる」
「良い偶然ですねえ」
「なぜ、帽子を忘れたのだろう。外に出る時は必ず被るのが習慣になっている。今までに忘れたことはあるにはあるが、何年もない」
「はい」
「ではどうして帽子を忘れたのか。帽子置きの下にゴミがあったので、それを拾い、ゴミ箱に捨てた。その時、被るのを忘れていたんだ。もう被ったものだと思っていたんだね。帽子置き場の前にいたんだから」
「何かに気を取られて、忘れてしまう事ってありますからね」
「そうだよ。それに帽子なんて確認しながら被っていない」
「はい」
「左端のテーブルが空いていたのは、帽子。帽子を被り忘れた原因はゴミ。これはレシートを丸めたものなのだがね。いつもならすぐに捨てるのだが、ポケットに入っていたので、ゴミ箱に投げ入れようとしたのだが、薄い紙なので、ひらっとして入らなかった。そのままにしていたら、風か何かで帽子置き場の下まで移動したんだろうねえ。だからそのレシートが犯人。しかし、何を買ったのかは思い出せない。その先を追求すれば、きりがない」
「そうですよ。帽子を取りに戻ったので、喫茶店へ入るのが少しだけ遅れた。その遅れのお陰で、左端の客とちょうど交代する感じで、座れた。それだけのことでしょ」
「何か意図を感じないかね」
「糸」
「赤い糸でも何でもいい」
「ああ、意図ですか」
「そうだ」
「しかし、気付いていないだけで、色々とそういう順番があるんじゃないですか」
「順番」
「あ、はい」
「順番」
 
   了
 


 


2022年9月15日

 

小説 川崎サイト