小説 川崎サイト

 

針千本滝


「千本滝はこちらですかな」
 旅人が枝道を指で差す。
「そうですよ。でもこっちの山道、あまり人が入らないので、用心して下さいね」
「有り難うございます。ところで、どうして千本滝というのでしょうねえ」
「長い話になるので、手短に説明しましょう」
「お願いします」
「嘘をついたら針千本」
「ああ、ありますねえ。子供のじゃれ歌のようなものでしょ。子供同士が約束事を取り交わす時、指切りしながら、そう唱える話でしょ。破ると、針を千本飲ませるいうこと。そんなもの痛いので、当然約束を守る。まあ、約束事だけではなく、嘘をついてはいけないということですな。針千本ですから」
「あのう。それは私が説明する話なのですが、まあいいです。本題は、それを破った人が針を千本飲む羽目になる。流石にこれはきついし、針を千本も用意するのは大変だ。針売りでも千本も持ち歩いていないでしょ。針一本ならしれていますが、千本だとかなり重いはず。あ、余計なことを言いました」
「いえ、続きをどうぞ」
「針を千本を飲む代わりに、滝に打たれることで勘弁して貰う。それがこの先にある千本滝の由来です」
「はいはい。分かりやすいですねえ。有り難うございました」
「あなたも針を千本飲まないといけない嘘をつきましたか」
「嘘ならよく付きますが、軽い嘘です。嘘も方便程度ですし、付いても可愛い嘘です。すぐにバレてしまうような」
「そうですか。じゃ、お気を付けて。人が滅多に入り込まない山道ですからね。滝はすぐに見えてきますよ」
「はい、有り難うございました」
 旅人は、ひっそりとした山道に分け入った。紅葉が始まりだしたのか、緑一色ではなく、赤や黄色の点が浮いて見える。
 少し行っても滝などない。そしてかなり山道を歩き、やっと突き当たりの渓谷の端まで行ったのだが、滝などない。
 川はあるのだ、崖の下に滝壺などはない。
 人が滅多に立ち寄らない山道。違うところに入り込んだのかもしれない。まさか嘘をかまされたわけではないだろう。そこまで旅人は人を疑っていない。
 千本滝の噂を聞いていたので、近くを通るので、出来れば見たかったのだが、どうでもいいようなことなので、元来た街道筋に戻り、その後、旅を続けた。
 
   了

 


2022年9月23日

 

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