小説 川崎サイト

 

妖怪般若の目

 
 口が裂け、角がある。これは般若の面なのでお馴染みだ。それが出るという町内がある。
 妖怪博士は早速行ってみた。目撃者の青年が案内人。何処にでもある下町。少し古い住宅地。
 妖怪博士が住んでいる町と似ている。しかし、そこよりも古いのか、辻辻に祠がある。中を覗くと石饅頭もあるが、人型の像もある。普通にいえば地蔵さんだろう。大日如来とかは入っていないはず。
 さて、般若の目。これが今回の妖怪で、顔だけの妖怪。人ほどの大きさで、特に大顔ではないが、どちらかというと小顔。
 それが出るという路地に案内された。青年は便所の窓らしいところを指で差す。声に出すと、中の人に聞こえるだろう。その窓が少し開いており、そこから般若が覗いているらしい。
 障子に目あり壁に耳ありは室内に対しての覗きや盗み聞きだが、般若の目は外を覗いている。
「今は出ていませんが、よく出ます」
「そういう顔の人が便所の窓から一寸外を見ているだけではないのですかな」
「怖い目です。眉間にシワがより、口は開き、かなりの大口です」
「般若の面をそこに置いているんじゃないのか」
「そういうところが、ここだけではなく、他にもあります」
「何じゃろうなあ」
 路地といっても裏道程度の道幅はあり、車も通れる。一寸した近道になっているらしく、通勤通学でそこを通り抜ける人も多いようだ。
 般若といえば般若心経。知恵の権化のようなキャラ。しかし、般若の面になると、これは女性的な怖さがある。いつの間にそんな形になったのかは分からない。
 妖怪博士は妖怪般若の目を女性だと、先ず断定した。
 この町内で般若の面を窓に置く習慣でもあるのだろうか。ニンニクをぶら下げたりとかの魔除けのように。
 しかし、この近くに住む青年は、そんな話は聞いたことがないらしい。この町内に知り合いがおり、聞いてみたことがある。だから突然現れるのだ。
「で、何をしでかす妖怪ですかな」
「道行く人をじろりと見詰めます。別に睨んでいるわけではなく、なめ回すように見るのです。その目がいやらしくて堪りません。何か詮索しているような、何か怪しいものを見るような目付きで」
「それが般若の目ですか。かなり俗っぽい」
 その日は、般若の目が出なかった。妖怪博士がいるためだとは思えないが。
 戻ってから博士は、何とか落ちを付けたいので、考えた。
 町内のオバハンからじろじろと見られているのに近いのではないかと。悪意がありそうな観察。
 その青年。それが般若の顔に見えたのかもしれない。
 
   了

 


2022年10月5日

 

小説 川崎サイト