小説 川崎サイト

 

鬼道

 
「鬼道に詳しい者はおらぬか」
「それなら志位様でしょうなあ。表だっては鬼道の家だとは言えませんが」
「毎夜、夢の中でバケモノが出る。それを退治して欲しい」
「それはいけませんなあ。毎晩ですか」
「見ぬ日もあるが、よく見る」
「毎夜ですか」
「いや、忘れた頃にじゃ」
「じゃ、たまにバケモノが出る夢を見るのですな」
「まあ、そうじゃが、これは夢の中の話、いくら武芸が達者でも、その首を落とせないだろう」
「そうですねえ。殿の夢の中に入り込めませんから。それに毎晩ではないのなら、武芸者を待機させて置いても」
「だから、これは鬼道でないと無理じゃ」
「志位様の家系は、鬼道の血筋とか聞き及んでおります」
「では、志位を呼べ」
「ははあ」
 側近は志位家を訪れ、それを伝えた。
 志位家当主は、それほど鬼道に長けているわけではなく、息子もそうだが、孫娘に、その素質があるらしい。
 しかし、殿の寝所にやるわけにはいかない。
 側近は孫娘と屋敷内で会う。説得するためだ。
それよりも、本当にそんな力がこの娘にあるのかどうかを確かめたい。
「どのような力ですか」
 当主の志位が変わって答えることにする。それによれば、まあ、敏感というか、過敏症気味で、神経質な子らしい。しかし、犬や猫が何かを感じるように、五感を通さないで何らかのものを感じられるとか。
「退治出来ますかな」側近が聞く。
「それは分かりません。感じるだけで」志位が答える。
「承知願えますか」
「寝所へはわしも一緒に入るが、どうじゃ」
「それはかまいません。それに奥の仕来りがありますので、男装でお願いします」
 当然寝所の横の部屋には武者が詰めている。だが、夢の中の話なので、何ともならない。
 その夜、今夜あたりそろそろ出そうだと、殿は感じていた。そこへ鬼道が使える娘が来たので、いい具合だった。
 娘は顔を上げ、殿様を見た。
 これで、すっと何かが入ってきた。解読したようなものだ。目でも耳でもなく、匂いでもなく、殿様に気を合わせた瞬間、それが来た。
 そのことを娘は言わなかった。いや、言えなかった。
 娘が感じたものは視覚的なものではない。気配のようなもの。確かにバケモノだ。
 殿はまだ眠っていない。しかし、それは既に出ており、おそらくずっと出ているのだろう。
 視覚的には言い表せないが、可愛げがあるし、悪戯っぽさもあるし、また凶暴さはない。退屈しているようなところも感じられた。
 娘が、そのバケモノを感じたとき、バケモノもそれに気付いたのか、さっと消えてしまった。
 その後、殿の夢の中でバケモノは出なくなった。
 
   了

 


2022年10月12日

 

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