小説 川崎サイト

 

選択肢

 
 雨というよりも霧が降るような小糠雨。水滴は見えないが、水溜まりにかすかだが水紋が出る。非常に小さい輪なので、よく見ないと分からないほど。それなりの質量があるのだろう。だから霧雨といえど衣服は濡れる。
 竹内は撥水性のあるジャンパーを着ているのだが、そこに小さな水滴が付いている。流れないし、染み込まない。
 先へ行くことにしたが、この天気では散歩もよくないだろうとは思うが、ずぶ濡れになるわけではなく、傘も持ってきている。出るときから降りそうなので。
 散歩は日課。いつもの横道に入ったとき、どうするかと判断に迫られた。行けないわけではない。この霧雨で樹木も冴えるだろう。キノコが出来ているかもしれない。そういう見所が、そのコースにはあるので、毎日行っている。
 ただ、降りがきつければ、最初から中止。その日は途中まで来ている。まだ散歩コースの入口付近。
 誰が決めるのだろう。と竹内は考えた。それは自分で決めるのであり、人からそうせよと言われたわけではない。
 判断を迫られる。大変なことに逢うわけではなく、緊急事ではない。行こうと思えば行ける。しかし、何となく、今日はよした方がいいのではないかと、もう一つの判断もある。
 だが、行くのなら、行くかどうかなどは脳裡にはない。行くに決まっているため。だから判断などはない。
 誰が決めるのだろう。その二つの案を。
 これは大事な懸案事項ではない。散歩そのものが大した用事ではなく、習慣のようなもの。中止しても支障はない。
 それよりも、誰が決めるのだろうかと、竹中はまた考えた。判断することを考えたのだ。
 これは行かないで、戻った方がいいという横槍が入ったたのだが、誰が入れたのか。竹内自身だ。
 しかし、声は小さいが、乗り気。行くよりも、戻る方に気が乗る。そちらの方がいいような感じがする。
 行こうと思えば行ける。その程度の横槍など説得出来る。毎日行っているのだから、行く方が自然。しかし、行かない日もある。これは天気が悪すぎる日。だから、やめる。これも自然だろう。大自然の自然ではないが。
 行かないで戻る方がいいという小さな声を聞いたわけではない。また、忠告ほどの強さはない。勧告とか、警告とかの。
 どちらにでも振ることが出来る。どちらを選んでも大した差はないだろう。ただ、今は霧雨だが、途中で本降りになるかもしれない。これは面倒だ。
 それで、竹内は横槍の案を選択した。つまり中止し、戻ることを。
 そして、戻り道、何かほっとした。戻った方がいいというのはお告げではない。ただ選択肢が出来たのは確かで、そのため、中止したことになる。選択肢が出来たことで、もう駄目なのだ。
 
   了

 


2022年10月13日

 

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