小説 川崎サイト

 

お疲れ様

 
「今日はこのへんで終えますか」
「そうですか。でも遅れますので」
「多少はかまわないよ。急いでやって失敗し、二度手間になるよりもましでしょ」
「でも、急いでいませんが」
「まあ、長い時間やっていると、ミスをおかすものですよ。注意力も散漫になる。長い時間だとね。それと飽きてくる。だから、早い目に終えた方がいいのですよ」
「でも、早すぎませんか」
「いや、勤務時間が長いだけなんです。そんなもの半分あれば出来ることですからね。だから、急ぐ必要はないのですよ」
「急いでいませんが」
「じゃ、君は残ってやるかね」
「いえ、一緒に出ます」
「そうか、その方が賢いよ」
「僕も飽きてきましたし、早く帰れる方がいいので」
「君が早く帰っても文句を言うのは私だけだ」
「でも主任は誰かに文句を言われるのでしょ」
「タイムカードはない。だから分からない。まあ、それを監視するのが、私の役目でもあるのだがね。誰も見ていない。だから誰も文句は言わない」
「でも、仕事が遅れると、文句が出ますよ」
「ゆっくりでも充分間に合うんだ。勤務時間が長すぎるだけなんだ」
「勤務時間、普通ですが」
「だからゆっくり目にやっているんだよ。さっさとやれば午前中には終わる。だから、丁寧にやっているのは、仕事やっている振りをしているだけ」
「でも出来が悪ければ、文句が出るでしょ」
「誰から」
「主任の上司です」
「私には上司はいない」
「え、でも上の人がいるでしょ」
「いない」
「じゃ、誰がチェックするのですか」
「誰もしない」
「何ですか、ここは」
「仕事ごっこをしているんだよ」
「それじゃ、やりがいがありませんよ」
「こんなものいくら丁寧に作っても誰も使わないし、また使いようがない。いらないんだ。最初から」
「でも、これまで、かなり作りましたよ。あれは何処へ行ったのですか」
「市場に出たよ」
「じゃ、買う人がいるんだ。当然ですけど」
「そういう、いらないもの、誰も使わないものを買う人がいてねえ」
「でも、そのお客さんには必要なのでしょ」
「いいや、使わない」
「じゃ、何処に行くんです。それらは」
「また売るんだ」
「でもお金が動いているんでしょ」
「その仕組みは知らないよ。だから適当に作ればいいんだ。誰も使わないんだから。これで分かったでしょ」
「はい、心置きなく早く終えます」
「さあ、帰ろう。仕事の真似事は、ここまで」
「あ、はい。お疲れ様でした」
「はいはい、お疲れお疲れ」
 
   了



2022年10月26日

 

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