小説 川崎サイト

 

晩秋の頃

 
「春は桜、秋は紅葉だね」
「どちらがお好きですか」
「どちらも良いが、桜の花が散っても葉は残る。紅葉は葉そのものが落ち、あとは骨だけになる。こちらの方が淋しいねえ」
「じゃ、春の花見の方が良いと」
「一年も半分に達しておらん。まだまだその年は充分ある。しかし晩秋の頃はもうすぐ十二月。あとひと月しかない。終わりだよ。だから紅葉の頃は、今年もそろそろだなと、感じるね」
「感じますか」
「いや、暦を見て、えっ、いつの間に師走のお隣まで来ていたのかと気付くだけで、この前まで夏だったので、まだ年末なんて先の先と感じていたよ」
「感じと、実際とは違うのですね」
「何が実際なのかは知らないが、時の流れは遅い早いがある。まあ、暦を見れば、分かるがね。そのギャップのようなものがある」
「でも今日は何月で何日なのかは分かっているでしょ」
「分かっているがね。数字として見ているだけ」
「でも、分かっているのでしょ。今日は何日で、一年の中ではこの位置だと」
「まあ、日が毎日変わっていくのは知っているがね」
「でも、実感がないと」
「春に見た桜の花。それが葉だけになり、その同じ葉を今見ている。既に落ち始めている。春は花びらが地面に落ちていたが、秋は葉が落ちておる。その間、時間が経ったことになる。春の桜など、もう遠い昔のように思われるがね」
「季節の移り変わりは早いですよ」
「一日よりも早かったりしないか」
「過ぎ去ればあっという間なので、一日のこの今が結構長かったりしますね。そういわれれば」
「私相手では退屈かね」
「そういうわけじゃありません」
「まあ、良い。行って良いよ」
「そうですか、このあと急ぎの用事がありまして、失礼します」
「急ぐ用があるか」
「はい」
「しかし、私の話に付き合ってくれて感謝するよ」
「いえいえ、いつもお話しを伺うのを楽しみにしていますから」
「じゃ、これも用か」
「はい、スケジュールに組み入れています」
「あ、そう」
 
   了



2022年11月12日

 

小説 川崎サイト