小説 川崎サイト

 

木の葉の妖怪

 
「いい気候ですよ。晩秋で秋晴れ、紅葉が綺麗ですよ。野も町も色付いています。こんなときは郊外に出たいですねえ、博士」
 妖怪博士の担当編集者が博士宅に来ている。
「ここも郊外だよ」
「いや、山は遠いし、ここは外野ではなく、内野の外れですよ」
「そうか」
「モミジの妖怪など、ないんでしょうかねえ」
「あるやもしれんが、可愛すぎる。木の葉の妖怪はおる」
「何処に」
「里山ではなく、もっと奥の山におるらしい。まあ、モミジは里山に多い。植えたんじゃな。山の奥にあるモミジは勝手に生えてきたのだろうかなあ。そういうところ、これは自然林に近いな。植林ではなく原生林に近い森もある。森といっても山だがな、平らなところがあれば、村になっておる。だから日本の森は斜面」
「木の葉の妖怪は」
「だから、自然に近い形で生えている樹木の葉が妖怪化しやすい。妖怪が葉なのか、葉が妖怪に動かされておるのか、そこは曖昧」
「地味そうな妖怪ですねえ」
「山の中に入り込むと、色々な事が起こるらしい。私はフィールドワークが苦手なので、そんな真似はせんが、怪現象が起こるのは間違いない。まあ、色々な人が山の怪を語っておる」
「木の葉の妖怪ですが」
「ああ、風も鳥もいないのに、一枚だけひらひらしておるとか、急に一枚だけポトリと落下したりな。それも人が見ていないときは落ちないが、人が見ていると、葉が落ちる。しかも飛行時間が長いとか」
「はあ」
「地味か」
「いえ」
「黄色くなる葉が一枚だけ黄金色。小判のように光り輝いておる。これは光線の具合じゃない」
「それも地味ですね。もっとアクション性のあるものがいいのですが」
「私が作ったわけじゃない。そういう言い伝えじゃ」
「木の葉が舟のような感じで、その上に妖精が乗っているようなファンタジー系はありませんか」
「妖精は自然に近い。妖怪よりもな。妖精は化け物ではない、オバケでもない。妖怪は化け物だ。そこが違う」
「妖精は綺麗ですよ」
「西洋から入ってきたのだろう。寸法も小さい。トンボぐらいだろう」
「はい」
「大木だと、枝が腕のように見える。幹に顔などがあると、そのままじゃな。これも西洋の森にいそうじゃ。絵本に出てきそうなやつだ」
「日本にもいませんか」
「葉を落とした木、それがずらりと立っておる。その全部の木の枝が動き出せば怖いだろう。一本の木で一人。何本もあれば、かなりの数」
「それは不思議どころか、作り事丸出しですねえ」
「だから木の葉が少しだけおかしな動きをしておる程度でいいのじゃ」
「そのあたりが良いですねえ」
「山奥で一本だけ真っ赤になっておるモミジの木。これは異様だろう。何かあるような。そこだけ燃えているような」
「しかし、何もないのでしょ」
「何かありげに見えるからいいのじゃよ」
「モミジの紅い葉の中に、赤ん坊の手の平が混ざっているのはどうですか」
「君の方が上手い。君が書きなさい」
「あ、はい」
 
   了

 


 


2022年11月21日

 

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