小説 川崎サイト

 

深海魚屋

川崎ゆきお



「その先へ行ってはならぬ」
 仏壇の花を売っている老婆が言う。
 寂れたスーパーの奥だ。
「巻寿司を探しているのです」
 岩田は、いい機会なので、売り場を聞く。
「のり巻きならおかず売り場じゃ。こんな奥にはない」
 古い住宅地にあるスーパーで、以前は市場だった。公設市場としてスタートしたが、スーパーの出現で傾き、スーパーとして再スタートしたが、それも失敗に終わり、フロアは広いが、レジに二人のパートがいるだけだ。
 花屋の婆さんはスーパー内で店を構えている。勘定は別だ。
 和菓子屋もスーパーとは独立した状態で、スーパー内で店を出している。もともとそこで店を構えていた。
「まだ、奥があるようですが」
 岩田は指さす。
「この奥はスーパーではない」
 岩田は洞窟の奥を眺める。
「真っ暗だろ」
 それは市場時代の通りだった。
 スーパーは市場の入り口付近に建っており、その奥はそのままなのだ。
「店屋はないのですか?」
「余計なことを聞かないで、おかず売り場で寿司を買って帰れ。ここの寿司は高いぞ。それ以上値が下げられんのじゃ」
「寿司屋の寿司なんですね」
「仕入れてきた安物の寿司じゃ。安くすると利が薄うなるでな。高いから誰も買わんよ」
「奥を見たいのですが」
「なんでじゃ?」
「不思議な場所が好きなんです。スーパーの奥に、まだ商店が並んでいるのでしょ」
「商店は不思議か?」
「トンネル状の市場が見たいのです」
「出て帰れんぞ」
「不帰のダンジョンですね」
「何じゃそれ?」
「誰も出てこれない地下迷宮です」
「悪いことは言わん。余計なことはすんな」
「この先にも店はあるんでしょ。だから、通れるように入り口は封鎖されていない」
「店はあるが」
「どんな店ですか」
「深海魚家とか」
「主婦が買い物にくる市場にそんな店がどうしてあるのです。魚なら、鮮魚売り場があるじゃないですか。それより、深海魚なんて売れるとは思えません」
「食べる魚じゃない。観賞用じゃ」
「深海魚ですよ。深海の魚ですよ。すごく深い水槽が必要だとは思いませんか」
「ほほほ、お客さんは洒落が分かる人だ」
「嘘なんですか?」
「そう思うなら、奥へ行けばよい。ネオンがついとるから場所はすぐに分かろうて」
 岩田は奥へ向かった。
 老婆は、仏壇のカネを三つ鳴らした。
 
   了


2007年11月15日

小説 川崎サイト