小説 川崎サイト

 

神秘体験

 
 不思議な体験。神秘的な体験。これは妖怪を見たとかの露骨なものではない。
 吉田は夜中、目を覚ました。トイレだろう。その夢を見ていたので、それが原因でトイレへ行く夢を見ていたのだ。夢の中で用を足したのだが、実は寝床でやっていたと言うことではない。
 また、用を足す前の夢で、寝床から立ち上がり、トイレの方へ向かおうとしていた。室内は暗いが、それでも電気を付けなくても分かる。念のため、枕灯を付けた方がいいのだが、そのまま立ち上がってしまった。
 そしてトイレの方へ歩き出そうとしたとき、これは違うのではなかとすぐに気付いた。そちらの方角にはトイレはない。九十度ほど違う。一歩足を出したとき、枕元に置いていた台に当たったので、分かった。それで本来の方角、本来のトイレへ行けたのだが、あの間違った方角は何だったのかと考えた。
 確かにその先はいつも行くトイレの方角で、薄暗いが隣室が見えているし、その先にある廊下も見えていた。まだ晩秋なので、開け閉めが面倒なので、襖やガラス戸は閉めていない。
 寝ぼけていたのかもしれない。単に方角を間違えただけのことだが、滅多にない。幼いころならもっとあったかもしれないが。
 夢を見ていたのをそのとき思い出した。トイレへ立つときの夢。それが残っていたのだろう。目が覚めても。
 夢の中では確かにそれが正しい方角。そんなものなど考えなくても分かることで、判断する必要などない。
 幻のように現れたその方角。実際には台があり、その先は家具類などがあり、すぐに壁。
 この一寸した戸惑い。夢の記憶とごっちゃになったのか、見た夢に惑わされたのか、それはよく分からない。
 しかし、すぐに気付いて良かった。きっとまだ寝ていたのかもしれない。半分ほど。
 夢と現実がごっちゃになっていたようなものだが、夢で見たトイレの方角は合っていたはず。
 夢で、それが再現されていただけ。同じ映像。
 不思議な体験だと吉田は思ったが、寝ぼけていたのだろう。それと蒲団から立ち上がるときの位置が問題。
 そこで九十度違っていた。布団から出るとき、トイレのある方角へ向こうとした。ところが蒲団上での位置がずれていた。
 これは寝相が悪くて、いつもの位置で寝ていたなかったのかもしれない。起きたときの角度が最初からおかしかった。
 だからトイレのある方角へ起き上がろうとしたのは正しいが、角度が違っていただけの話。
 しかし、立ち上がり、一歩足を進める時の前方は確かにいつもの室内だった。あれは一体何だったのか。
 ただの勘違いかもしれないし、夢が残っていたのかもしれないが、勘違いから覚めた瞬間、神秘体験も今のような感じではないかと、勝手に想像した。
 吉田にはそんな体験はないので、ただの想像だがもう一つの世界があり、それをちらっと垣間見た感覚だった。
 
   了

 

 


2022年11月24日

 

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