小説 川崎サイト

 

山里暮らしの本家

 
 鈴原源四郎は山里で暮らしていた。そんなところに住んでいても不便はない。田畑もあるが耕していない。というよりも、この一帯を治める領主でもあるのだから鍬仕事の必要はない。
 そんなところでは国を治められないはずだが、治まっている。源四郎の人柄ではない。源四郎にはその力がなかったのだ。
 牛取っているのは鈴原家の人達や、鈴原家に嫁いだ娘の実家筋。さらに鈴原家の家臣も力があり、こちらの方が強いかもしれない。
 源四郎は鈴原本家を継いでいるが、名ばかりで、一応そういう本家があるという程度。そのため、暇なので、寺から借りてきた本などを読んで暮らしている。半ば公家家している。実際には朝廷から頂いた官位は高く、鈴原家では一番。
 本家の威光とか、官位の威光とかもない。この地では関係のないこと。
 小国。今の時代でいえば市町村を二つほど合わせたような面積。ただ、領地は広い。しかし、山岳地帯を多いので、広いわりにはそれほど豊かではない。
 この時代にしては平和が続いている。領外ではいくさが多いと聞くが、鈴原家は関係しない。
 山里の屋敷。ここを御所と呼んでいるが、都の御所とは意味が違う。貴人が住んでいる屋敷程度。確かに源四郎は貴人だろう。このあたりで一番偉い人だし、一人しかいない。しかし、何もしていない。
 貴人様は何もなさらずとも良いのです。と分家や家臣団から言われている。
 御所と言っても百姓家を武家屋敷風にしただけ。だから大きな農家のようなもの。そこへ寺の和尚が入ってきた。良い本を手に入れたので、どうか、という呑気な用件。
「縁者達から、歌を詠んだり、絵を書いたりするのがいいらしいのですが、私にはその才がありません。だから進められても」
 源四郎は本の題字をちらっと見ただけで、和尚に話しかける。この和尚、守り役としての役目でもあるのだろうか。というよりも見張りだ。
 源四郎はまだ若く、独身。本家の立派な屋敷があるのだが、ここで暮らしている。当然、源四郎付の家臣もいるのだが、そこで殿様のような振りをするのが面倒なり、飛び出してきた。家出に近いが、本家の当主であることには変わりはない。
「世はいくさばかり、ここも無事では済みますまい」
「この地も巻き込まれるのか」
「旅の者に聞きますと、隣国は既に大きな勢力に飲み込まれたとか」
「国境で何か起こっておるのか」
「いえ、隣国はその大きな勢力のに服従しただけで、いくさにはなっておりませんが、小競り合いはあったようです」
「ここもそうなるか」
「大国には従属した方が賢いかと。勝ち目はありませんので」
「私には決められぬので、聞いても無駄だがな」
「今日、お持ちしたのは本朝薬草集です」
「おお、それはいい。ここは野が多い。見かけたことのある草の中に良いのが生えているやもしれんなあ」
「本家は呑気がなりより。この動乱が終わるまで、ここを出てはなりません。それと都から奥方を」
「まだ、早い」
「六条様の娘との縁取りを進めております」
「ここでも私は仕切れないか」
「あ、はい」
 
   了

 



 


2022年11月25日

 

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