小説 川崎サイト

 

狐道

川崎ゆきお



「誰がいつ頃言い出したのか知らぬが、細い道があっちへ繋がっておるらしい」
 たわわに実った垣の木の下で老人が語る。
「細い道ですか?」
「それは道じゃが、通常の道じゃない」
「特別な道なんですね?」
「あっちへ行くための通路じゃ」
「あっちとは?」
「こっちとは違う場所らしい」
「その小道はどこにあるのですか?」
「出てきよる」
「どの辺に出現するのですか?」
「ある日急にな」
「この近くですか?」
 質問者の菊田は田園風景を眺める。
「そうじゃ」
「決まった場所にあるのではないのですね」
「行き止まりの畦から、延びておったりする」
「畦道の行き止まりですか?」
「田で行き止まりじゃ」
「田の向こうは」
「山じゃ」
「では、田の中にその道が出現するのですね?」
「おおそうじゃ」
「季節は?」
「田圃に水がはいっとる時もあれば、休ませとる季節でもじゃ」
「そこへ案内してもらえませんか?」
「案内してもええが、道はないぞ」
「その道はいつ出るのですか?」
「ある日突然じゃ。同じ場所に出るとはかぎらん」
「あなたは、その細い道を渡られたのでしょ?」
「途中までな」
「どんな具合でした?」
「なあに、普通の道と同じじゃ。ただな…」
「ただ?」
「こんなところに道があったのかなあと、思うと怖くなってきての。ちゃんと地面を歩いておるのじゃが、地に足がつかん思いなんじゃ」
「それで、引き返したのですね」
「そうじゃ。それに、聞いておったのを思い出してな。この道を渡れば戻れんと…」
「道は山に続いているのですか」
「いや、海側へ延びとるのを見た奴もおる」
「虹のようなものですね」
「ああ、そうだな。その通りじゃ。虹の道じゃ」
「あなたは、それを何だと思います?」
「わしには意見はないが、爺様は狐道と呼んどったな」
「貴重なお話、ありがとうございました」
「垣でも食って行けや」
「いえ、垣は冷えますので」
「そっか。どうせこの垣はシブやしな」
「はい」
 
   了


2007年11月16日

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