小説 川崎サイト

 

牛蔵地蔵

川崎ゆきお



「牛蔵地蔵ですか?」
「そう呼ばれているんだがね」
 マンションの屋上に立派な祠がある。鳥居や灯明もある、
 下から見上げると、七階建てのマンションが天守閣のように見える。
 踏切前の四つ角にあり、一階は地方銀行の支店になっているが、窓口業務はない。
 都心からも近い郊外の住宅地だ。
 沢村はワンルームマンションを借りるため、不動産屋の車の助手席にいた。
「オーナーが農家でもって、土地もちでね。三つほどありますよ。他にもね」
「宗教関係者でしょうか?」
「ただのお地蔵さんですよ。敷地にあったようですがね。上に上げたんですよ」
「新しいですねえ」
 沢村は窓から首を出して見上げる。
「ここで停車できないんで、駐車場に入りましょうか」
 案内の車はオーナーの駐車場へ入った。オーナーに用事がある人のためスペースを開けていた。
「ここは鶏小屋だってんですよね。匂いもするし、よく鳴くんで潰したんですよ」
「鶏をですか?」
「小屋をです」
「その、あれなんですが…」
「牛蔵地蔵ね」
「はい。どんなのです?」
「興味があるんですか?」
「一応聞いておきたいです」
「江戸時代の話らしいんだがね。旅の男がどうかしたらしい」
「どうかとは?」
「詳細はもう誰も分からないんだけど、病気で旅だった」
「病んだまま出て行ったのですか?」
「あっちへ旅だったんだよね」
「ああ」
「それで、供養のための地蔵が作った」
「村人が何かしたんでしょ」
「さあ、それは分からないねえ」
「よくそんな地蔵が残ってますねえ」
「オーナーの庭に祠があったからだよ」
「それをまた建て直して、屋上に置くなんて、意味深げですね」
「意味はないよ。オーナーの趣味なんだ」
「信心深い人なんですね」
「いや、マニアさ」
「それって、僕が入居すれば、参拝できますか」
「もちろんだよ」
 沢村はその後何件か部屋を見て回り、最終的に、牛蔵マンションへの入居を決めた。
 
   了


2007年11月18日

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