小説 川崎サイト

 

小さな偶然

 
「そのときは一寸妙だなあと思ってましたが、それだけでした。しかし、そのあと、また思い出すと、その連続した動き、最初から筋書きがあったように思われるのです。ただの偶然、あるいは、たまたまそういう流れになっただけかもしれませんがね」
「何があったのですか」
「道を違えたのです」
「人生の」
「いえいえ、通り道です。いつも同じコース取りで、他にもあるのですが、その道筋に何となく決まった感じで、これは慣れでしょうねえ。何処で曲がるのかはもう決まっておりますので、考える必要はありません。今では勝手に曲がっています」
「その道を違えたのですね」
「ええ、そうなのです。狭い道で、珍しく大型トラックが止まっているのです。滅多にありません。横をすり抜けられますが、人も出ています。何かの作業でもやっているのでしょうねえ。それで、面倒なので、通り道を変えたのです」
「遠回りになったとか」
「それほど変わりません。また、入り込んだことのない道ではありませんし」
「それで」
「向こうから小さな人が来ました。お婆さんかと思ったのですがお爺さんでした」
「そこで何かあったとか」
「別に何事もなくすれ違ったのですが、最近、若い人の体格が大きくなっているので、小柄なお爺さんがさらに小さく見えましたよ。まるで子供のように。まあ、小柄な中でもさらに小さな人だったのでしょう」
「それだけですか」
「道を変えたので、そんな人を見たわけです。毎日のように、通っている道では見かけない人です。ほんのひと筋違えると、そういうことがあるんですね」
「それだけですか」
「それで、トラックのあるところを裏から回り込んで、元のいつもの道に戻ろうとしましたが、かえって遠回りになることが分かりました。それで、違えたまま、そのまま帰ることにしました。一つ違えると、全部違ってきます。まあ、流れとしては、違えた状態からの展開の方が自然ですね」
「展開」
「別の道が開けるということです。知っている道ですし、そういう道が横を走っていることは知っていましたがね。長く入り込んでいないと、近いのですが、展開が違うのです」
「つまり、目に入るものが違うという意味での展開、眺めですね」
「ところが小さな犬が向こうからやってきました。首輪はありますが、飼い主はいない。まあ、大人しい犬なんでしょうなあ」
「その犬はどうなりました」
「犬は私がいることなど、素知らぬ顔で、道の端を何か嗅ぎながら歩いていました。すると、家から人が出てきました。リードを持って。これはすぐに分かりましたよ。犬がせかすので、先に行かせたんでしょう」
「で、どうなりました」
「飼い主は犬に近付き、リードを付けました」
「それだけですか」
「はい」
「その後、何かあったのでしょ」
「古い家があったのですが、消えてました。歯が抜きけたように。すると、その家の後ろ側にあった別の家の裏側が丸見えでした。もの凄く小さな家でした」
「はいはい」
「その他、細々とした展開があったのですが、もういいですか」
「もういいです」
「まるで筋書きがあったような」
「いえ、繋がってません。犬が紐で繋がれた程度ですよ。それに小さな老人も関係してきませんよ」
「私の中では繋がっているのです。小さな老人と小さな犬。小さな家」
「それは、あなたが、あとで強引に繋げたのでしょ」
「まあ、そうですが」
「それに意味のある偶然でもありません」
「私にとっては一寸したドラマです」
「でも、小さすぎます」
「小ささ繋がりですからね」
 
   了

 


2023年2月19日

 

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