小説 川崎サイト

 

パッとした話

 
「何かパッとしたこと、ありませんか」
「パッとですか」
「インパクトです」
「私も欲しいですがねえ、疲れそうだし、大層な気がするので、それほど刺激はなくてもいいのですよ」
「いや、僕は刺激が欲しい」
「積極的ですねえ」
「いや、楽しいことが必要なんです」
「今でも充分じゃないですか」
「いや、慣れた楽しさで、インパクトがない」
「私なんて楽しいことなどなくてもいいから、苦しいことが減る方がいいです」
「それこそ消極的ですね。現状維持で」
「そうでもないのですよ。それに現状維持がかなり難しかったりします。何ともならないこともありますからね。これは復旧しないし、治らないとか、元に戻らないとかで」
「だから新規の何かで補えばいいのですよ」
「新たな楽しみのようなものですか」
「そうです。未踏地、未開地なので、これは驚きもありますし、インパクトもあります」
「でも、それをやっているあなたは楽しそうじゃないような」
「そうなんですよ。何処とも同じ秋の空じゃないですが、まあ、パッとしませんなあ」
「じゃ、未踏地も駄目ですねえ。新規も」
「でも可能性があります。それが楽しみになる。楽しさ以前ですがね。まだ楽しんでいない状態ですが、その先に楽しいことがあるんじゃないかと思うこと、そのことが楽しいのです」
「つまり、楽しみがあるということですね」
「まだ、本当には楽しんでいませんがね」
「過程の楽しさですか」
「家庭は楽しい方がいいですが、その過程はあまり楽しくはありません。ただ、先がある。だから、一寸我慢です。そのうちパッと開けたところに出るはず」
「楽しみ方も難しいのですねえ。だから大層なので、私は現状維持で、苦しいことを減らす方がいいです」
「それは楽しいですか」
「楽しくはありませんが、まあ、普通です。本当に楽しんでいる状態は疲れますからね。それに楽しんだあと、一寸ねえ」
「一寸、何ですか」
「過ぎ去れば楽しさも消えるでしょ。ずっと楽しいままじゃない。これが気に入らないのです。何もない方が、そんな不満は起こらない。楽しんでいないのですから」
「あなたも、面倒なことを考えていますねえ」
「だから楽しいことが目先にあっても食べようとしないことがあります。パッとするようなことがあっても」
「そんな簡単に目の前にパッとするものが出現するのですか」
「普段、地味な暮らしていますので、一寸したことでもパッとしたことになるのです」
「ほほう、それは上手い。その手もあったか」
「でもパッとしませんよ」
「そうだね」
 
   了

 


2023年3月7日

 

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