小説 川崎サイト

 

即答

 
「今日はゆっくり出来ますかな」
「いつもゆるりとしております」
「それは余裕ですなあ」
「忙しくないので」
「それは何より」
「いえいえ、考えようによれば、ちと違うのですがね」
「忙しいよりはいいでしょ」
「そうですなあ」
「ところで、この前の件のですが、考えて頂きましたか」
「はい、考えました」
「では、お答えをお聞きしたいのですが」
「まだ、決まっておりません」
「ああ、そうなのですか」
「暇なので、ずっとそのことを考えておりましたが、なかなか答えが出なくてね。困ったものです」
「考えが長過ぎたのですか」
「暇でしたから」
「すぐに決めてもいいような話でしょ。持ち帰ってまで考えるほどのことではなかったと思うのですが、あなたは猶予が欲しいと言われるので」
「家に持ち帰りまして、家人や配下の者に相談いたしました。一存では決めかねますので」
「あなたの決心次第ですよ。それで、持ち帰ったまま決まらなかったと」
「はい、全員の同意、小者は別ですが、それがないと、あとで文句が出ます」
「誰が反対しておるのですか」
「下田という家来です」
「家来なら、主に従うでしょ」
「いえ、下田の実家は御家老と繋がっております」
「家老の下田様ですな。では下田様への配慮で、決まらないと」
「はい」
「下田はあなたの家来でしょ。そこまで気を遣う必要はないのでは」
「しかし、御家老の下田様を敵に回したくありません」
「確かにこの件、下田様を敵に回すことになりますが、それほど強い相手ではありません。下田様も従うでしょう。大勢は決まっております。下田様が反対するにしても、そこまで強くは出られないでしょ」
「そうなのですが、家来の下田よりも、私は御家老の下田様との関係が深いのです。だから下田家と事を起こしたくありません」
「それも分かった上でのことです。簡単に了解できることだと思いますよ。即答を」
「今ですか。今」
「理由はやはりそれだった。それは分かっていました。しかし、下田様もいずれ折れます。その目安が付いたので、あなたに協力を頼んだのですよ。憂いはありません。即答を」
「今、今ですか」
「決まりましたね」
「一寸、待って下さい。前回は家に持ち帰れたのですよ。今回は、この場でですか。何か急がれておられるような気がするのですが」
「そうじゃありません。断る理由がないのですから」
「から」
「そうです」
「から、何ですか」
「だから、すぐに了解できるはず。ご返事を」
「い、今ですか」
「はい」
「持ち帰りたいのですが」
「また、家人と相談ですか」
「はい、勝手に答えられません」
「まあ、急ぐほどのことではありませんので、いいでしょ。ただの手続きのようなものでしょ」
「はい、そういうことです」
 その人、二度と、その屋敷へは来なかった。
 
   了


2023年3月9日

 

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