小説 川崎サイト

 

如月冬塊

 
「如月冬塊と申す者」
「名前負けだな。呪術師か」
「はい、表に来ております」
「呼んだ覚えはないが」
「いずれ呼ぶだろうと、申しております」
「では、呼ぶまで待たせておけ」
「門前にですか」
「いや、長く待たせては気の毒だ。今はいいから、この先、用があれば呼ぼう」
「しかし、どこに住んでいる人でしょうなあ。呼ぶといっても、一寸」
「如月冬と申したな」
「如月冬塊です」
「有名な人なら、聞けば居場所ぐらい知れよう。それより、呪術師に用などないのだがな」
「いずれあるので、早い目にとか」
「如月。それが姓か」
「はい」
「自分でそう付けたのだろう。冬塊だったか」
「はい、寒そうな名です」
「悪い名ではないが、名前負けだな」
「それも呪術の内かと」
「何でもいいから、先ほどのこと、伝えてこい」
 用人が戻ってきた。
「旅の最中とかで、それに年中旅の空で」
「家がないのか」
「この屋敷前を通りがかると、妙な気配がしたとか。それで一声掛けたくて、とかいっています」
「では、その一声、聞いてこい」
「はい」
 用人は戻ってきた。
「どうだった。一声とは、どういうことだった」
「怪しい気配が漂っていると」
「それは先ほど聞いた。それで」
「それでといわれても、それだけとか。だからご用心をということでしょう」
「分かった。用心する。だから礼を申して、帰ってもらえ。それで、どんな身形だ」
「派手な色の袴を履き、髪は総髪」
「駄目だ駄目だ。そんなものが屋敷前におると、変に思われるぞ。すぐに行ってもらえ」
「何処に」
「だから、旅を続ければいい」
「はい、そう申して来ます」
 用人はそれを伝え、戻ってきた。
「どうじゃ、帰ったか」
「幸い私は呪術師。怪しい気配を祓ってから立ち去ります。と申しております」
「何が幸いだ」
「そう申しております」
「瓦屋根が傷んでいるので、修善しましょうと言っておるようなものか」
「そのようで」
「しかし、怪しい気配などないがな」
「私が思いますに。その呪術師が一番の怪しい気配かと」
「それは分かっておる。金銭か」
「さあ、しかしお祓いのようなものをして、その代価を得たいのではありませんか」
「面倒じゃのう」
「やってもらいますか。そして礼を払えば退散するでしょう」
「施餓鬼のようなものか」
「ちと違いますが、功徳になりましょう」
「分かった。そのようにせよ」
 用人はそのことを伝えに行ったが、既に門前に姿はなかった。
 用人が戻ってきて、それを伝えた。
「おお帰ったか」
「もう少し待てば、仕事にありつけましたのになあ、あの呪術師」
「塩をまいておけ」
「そう計らいまする」
 
   了




2023年3月24日

 

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