小説 川崎サイト

 

妖術師

 
「妖気が漂っております」
「おぬしが漏らしておるのだろ」
「そうかも」
「妖術師そのものが妖しい」
「そのようによく言われております。しかし、お呼びになったのは、何とかして欲しいからではございませんか。頼めば解決してくれるはずと」
「まあ、そうじゃが、見るからにおぬしは妖しげだ。そのなりは何とかならんのか」
「相手に妖術師が来たことを知らせるためです」
「相手とは」
「そのややこしいものにです」
「効くか」
「多少は」
「では、何とかしてくれ、化け物が出るのだ」
「お身内の方ではございませんか」
「家人に化け物などはおらぬ。あ、そういえば大叔母が化け物にじみて見えるが」
「その大叔母様を見られたのではありませんか」
「大叔母は化け物ではない」
「失礼おば」
「妖術で退治できるか」
「仕事ですので」
「呪文か何かを唱えるのか」
「私は妖術師なので、妖術を使います」
「そんな術があるのか」
「先ずは、化け物を探さないとなりません。どのあたりに出ますかな」
「廊下の奥の突き当たりでよく見かける」
「どの廊下ですかな」
「そちらにある一番奥の廊下だ。暗いぞ」
「では、行って参ります」
「案内はいらぬのか」
「あの廊下でしょ」
「そうじゃ」
「分かります。ここでお待ちを」
 妖術師は廊下の奥へ向かい、その突き当たりの手前で立ち止まっている。主人からでもそれが見える。
 そして、戻ってきた。
「あの廊下の突き当たりの壁の向こうは何がありますかな」
「小部屋じゃ。使っておらん」
「どうもそこにいるようですな」
「なぜ分かる」
「妖気が濃くなっております」
「あの小部屋、一旦庭に出て、回り込まないと入れん」
「何のための部屋なので、ございますか」
「座敷牢だったようじゃ」
「なるほど、それで、あの妖気」
「行ってみるか。案内するぞ」
「はい、お願いします」
 依頼者の屋敷の主と妖術師は裏側から座敷牢に入った。鍵はかかっていない。入ろうと思えば誰でも入れる。ただ陰気で狭苦しい庭から入るため、その庭へ敢えて行くような用事はない。ただ、手入れはされている。
「何方様が閉じ込められていたのか分かりますかな」
「いや、聞いておらん。誰も牢に入れた者などおらんはず」
「使われていなかったと」
「そうじゃ」
「ではこの妖気、何でしょう」
「だから、おぬしが発しておると、最初に申したではないか」
「ああ、私が漏らしていたのですね」
 結局化け物の正体は分からないまま。それで、年老いた大叔母が夜中に屋敷内をウロウロしているのではないかということにした。
 大叔母さん、とんだ濡れ衣だ。
 しかし、化け物を見たのは、屋敷の主人だけ。化け物を頭の中で沸かしていただけかもしれない。
 
   了

 


2023年4月2日

 

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