小説 川崎サイト

 

箸使い

 
「吉田翁の言っていることはよう分からん」
「何の話をしているのか、よく分かりませんねえ」
「何についての話かが分からんので、どう聞けばいいのか分からん」
「しかし、事細かで、その時の思いとか、状態とかが目に浮かびますよ」
「しかし、吉田翁は何について語っているかを言っていない」
「言わないんじゃないですか。具体的に」
「何だろうねえ。吉田翁が直接言えないこととは。隠さないといけないようなことかもしれんが、我々にそんな隠し事はいらないだろ」
「いえ、隠しているようにも見えません。具体的におっしゃらないだけです。また、その必要はないのでしょう」
「どうしてだね」
「狭く限定した話ではなく」
「では、広くかね」
「他のことにも当てはまるような」
「で、検討はつかんか」
「何がです」
「何の話かだ」
「何かについての話でしょう」
「その何かとは何だと思う」
「箸の上げ下げのようなものじゃないですか」
「何だ、それは」
「お膳が出た時、どこへ真っ先に箸が行くかとか」
「うーむ」
「箸の流れも変わります。一つの皿の惣菜、大根だとします。それを口に入れ、食べます。この一切れが小さかった。それで次に味噌汁へ行きたかったのだが、大根を続けてもう一切れ箸で挟む。そういう話じゃないのですか。吉田翁の話は」
「じゃ、箸の話か」
「その箸を伏せて語っているようなものです。食事の仕方の話では、我々も聞かないでしょう。あまり興味はありませんし、吉田翁にその方面の話を期待していません」
「じゃ、箸を隠しておるわけか」
「箸じゃなく、箸のようなものでしょ。それが何かは分かりませんが、色々な物事に置き換えても当てはまることが多いのです」
「当てはまらないものもあるだろ」
「はい、ありますが」
「箸の話など詰まらん」
「箸ではなく、食事の話です。ここで好物とか苦手なものとか、色々とあるでしょ。そのあたりの判断基準とか、どう判断すべきか。また己の食欲についての展開にも至るはずです。当然食べ過ぎるとまずいし、足りなすぎてもまずい。そのあたりのことは他のことでも当てはまるでしょ。だから吉田翁の話は、どれも興味深いのです」
「うむ、当たっているかもしれん」
「そうでしょ」
「実際には箸の話をやっていたのかもしれん。そう思えば、当てはまることが多いわ」
「そうでしょ」
 
   了

 


2023年4月12日

 

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