小説 川崎サイト

 

只者

 
「青木氏には欲がない。これを調略するのは難しい」
「何度も仕掛けているのですが、反応はありません。いい条件を示しているのですがね。倍程の領土を与えるとかでも駄目です」
「倍では少ないのではないか。しかし、そこまで与える程の戦力はないし、また重要な地ではない」
「しかし、青木領が寝返ると、敵の防御線は崩れます。充分に戦略的価値はあります」
「だがなあ。青木城ぐらい一踏みで潰せる」
「そうは参りません。周囲の城から援軍が来ます」
「そうだったのう」
「青木氏は欲のない人。寝返る条件には乗りません」
「それは先ほど聞いた。しかし、実際はどうじゃ。調べたはずじゃが」
「調べました。青木氏はもっと地位が高くても不思議ではありません。敵側の筆頭家老にもなれる人物です」
「欲がないので、望まなかったのか。それとも大した力がなかったのかだな」
「なかなか裏切らないのは忠誠心からではなさそうです。敵の本城に人質も送っていません。さらに裏切りやすいのですがなあ」
「敵の今泉を倒すには、周辺の城から抜いていくのが定石。先ずは青木氏だ」
「青木氏の主君の今泉との縁は薄いようです」
「いい条件ではないか。抜きやすい」
「はい。周辺の城も調べたのですが、一番青木氏が弱いのです」
「しかし、誘いに乗ってこないか」
「欲がないとしかいいようがありません」
「勇気がないのだろ」
「その面もありますが、筋を立てる関係ではありません。先ほど言いましたように、縁が浅い。長く仕えている古参なのですが、優遇されてない」
「ますますいい条件じゃないか」
「そうなんですよ」
「しかし、欲がないと」
「気が弱いんじゃないのか」
「はあ」
「調べたか」
「そういえば青木氏のいくさ働き、あまり噂にはなっていません」
「弱いんだ。そして気も弱い。変化も好まない。今のままで充分だと思っておる人。そうではないか」
「能ある鷹は爪隠す」
「青木氏がそうなのか」
「しかし、隠したままかと思われます。本当の力は見せない。そして一生」
「買いかぶりすぎじゃろ」
「欲がないのがその証拠」
「別の理由があるのじゃろ。愚鈍とか」
「旅の歌人や風雅の人達が良く訪ねてくるとか。只者ではありません。愚鈍では有り得ません」
「力があるのにただの人を装ったままなのかもしれんが、ややこしい人じゃなあ」
「調略、進めますか。領土を三倍で掛け合ってみますが、よろしいですか」
「ああ、出そう」
 その後、青木氏はころりと転がった。
 
   了


2023年4月17日

 

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