小説 川崎サイト

 

浮かぶ髑髏

 
 怪異、怪談。昔からよくある話なので、その手の話は慣れているのだが、わが身に降りかかると、これは別。
 そんなことが本当にあるのかと、そちらの方が気になる。それどころか世界観を変えないといけないことになる。その怪異の内容よりも、それが実際に起こることの方が怖い。
 時田氏はそう言う体験をしたため、これは人ごとではない。何とかそれを解説して欲しいのだ。出来れば一般的ところに持って行きたい。よくあることとして。しかし怪奇現象はよくある。既に一般化されているのだが。
 時田邸は古い。その裏庭の一角に祠がある。時田氏は放置しているのだが、庭の掃除はしている。石組みの祠で開けるようなことはない。大きな石が置いてあると思えば、庭石に見える。
 その裏庭と母屋の間に渡り廊下のようなものがあり、納屋と繋がっている。蔵程の規模はなく、ややこしいものをそこに仕舞っている。もう使わなくなったものとか、ガラクタだが、捨てるには忍びないものとか、先代の遺品とかもある。使っていた机とかだ。これは捨てられない。
 その納屋が怪しいのではなく、渡り廊下に何かが浮かんでいる。形があり、よく見ると髑髏だったりする。
 母屋から廊下を渡るとき、納屋の前に浮かんでいるように見えるのだ。廊下の真ん中あたりだろうか。
 時田氏は何人かにそのことを話したのだが、それなら誰某さんが詳しいとかなり、さらにその人は、この人がよく知っているとなり、さらにその人は妖怪博士を教えてくれた。
 妖怪を調べて欲しいわけではなく、怪現象を調べて欲しかった。妖怪博士なら、最初から妖怪と結びつけるはずなので、時田氏は一寸不満だったが。
「髑髏。つまり、頭部の骨ですな」
「はい、それが浮かんでいるのを見たのです」
「あ、そう」
「幻覚かもしれませんが、同じものを何度も見ています。昼でも夜でも」
「じゃ、そう言うものが現れるのでしょうなあ」
「母屋と納屋を繋ぐ廊下です。化け物は廊下に出ます」
「納屋を背後にしてですな」
「そうです。下は庭です。北向きで陽当たりが悪い場所で、苔むしっております」
「納屋に用事で」
「はい、たまに用事がありますので、しかし、あれを見てからは、また出ていないかと思い、何度か見に行っています」
「最初に見られたのはいつ頃ですかな」
「ひと月程前です」
「最近ですなあ」
「はい」
「その時、どうして見られたのですか」
「どうしてとは」
「どのような見方をされました」
「見方」
「そうです」
「その夜は、何か出そうな気がしたんです。いつもはそんなことはありませんよ」
「何となく、そう感じたのですか」
「そうです」
「それで、廊下を渡るとき、何かがいるのかもしれないと思いまして、そのへんを見回したのです。すると、前にいるじゃありませんか。ちょうど廊下の真ん中あたりです。白いものでした。よく見ると」
「頭蓋骨だったのですね」
「浮いていました」
「怖いですなあ」
「しかし、何かと見間違えたと思いましたよ。そんなに鮮明な髑髏ではありませんでしたので」
「頭蓋骨に見える程度ですか」
「それに僅かに動いていました。微動していました。だから、光線具合で、そんなものが浮かんでいるのかと思いました」
「納屋へは行かれたのですか」
「はい、そのまま髑髏を通過して廊下を渡り、納屋の灯りを点けました。振り返ると、もういませんでした。だからあの角度からでないと、見えないことがあとで分かりました」
「あとで、ですか」
「その後、何度も見に行くようになったのです。その時、見え方が分かりました」
「はい、分かりました」
 本来なら、ここで妖怪博士は御札を貼るところだが、それは最後の手段で、もう少し調べることにした。
「その怪異、聞いたことはありませんか」
「さあ、親の代には聞いていませんが、祖父の頃は知りません」
「では今までそんなものは浮かんでいなかったということですな」
「そうです。だから私だけが見える幻覚なのかもしれませんが、何度も同じ場所で見るので、これはいると思います」
「そうでしょうねえ」
「そうでしょ」
「しかし、急にどうして見えだしたのでしょうなあ」
「さあ」
「先ほど、何かいそうな気がしたので、注意深く周囲を見渡しと言っておられましたね。どうしてそう思ったのですか」
「一寸オカルトっぽい映画を見たあとだったので、そんな雰囲気になっていたのです」
「怪異を意識したと」
「まさか、それは映画の世界ですから」
「でも少しはした」
「はい、少しだけ、それで好奇心半分で、あの渡り廊下で、一寸その気になって見渡したのです」
「するといた」
「はい」
 妖怪博士は少しだけ思案した。当てはまるものを探しているのだろう。
「空間ですなあ」
「はあ」
「髑髏が先じゃなく、空間が先なのです」
「空間といいますと、あの渡り廊下周辺ですか。廊下と納屋と中庭がそうなのですか」
「特に渡り廊下の空間です」
「空間」
「空気といってもいいでしょ。その空気の中にいるのですよ」
 妖怪博士は、何も思い付かないので、適当なことを言っているようだ。
「意識していないときは見えない。形がない。ただの空気です。空間です」
「はあ」
「しかし、意識したとき現れる。形となって。即ち髑髏、頭部の骸骨の姿になって」
「そんな髑髏がいるのですか」
「髑髏が先にあるのではなく、空間が先にあるのです。これは一体です。それはそこから湧き出したようなもの。髑髏が隠れていたわけではありません。その空間が髑髏を作り出したのです。あなたが見たので、形が作られたようなもの」
「磁場のようなものですか」
「そうでしょうなあ。だから髑髏でなくてもいいのですよ。時田さんが見るとそれは髑髏に見えるのです」
 妖怪博士はただの雰囲気で喋っているだけのようだ。
「そのオカルト映画、ホラー映画、頭蓋骨とか骸骨などが出てきませんでしたかな」
「そういえば」
 妖怪博士の解説はかなり苦しいものだが、時田氏は、そうかもしれないと思うことにした。そうでないと宙ぶらりんなままなので。
「裏庭にある石の祠。関係がありそうですね」
「そのややこしい空気を鎮めるためのものかもしれません」
「先々代のものですよ」
「たまに石の扉を開けてごらんなさい」
「はあ、そうしましょう」
 これは御札を貼るよりもいいだろうと妖怪博士は思った。いずれも思っただけで、確たるものはない。
 そして、祠を開け閉めするようになってから、あれは浮かなくなった。意識してもしていなくても、見えなくなった。
 妖怪博士は適当なことを言っただけだが、効果はあったようだ。
 
   了

 

 


2023年4月21日

 

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