小説 川崎サイト

 

書き残した秘事

 
「今日は何の話でしたかなあ」
「四方山話で結構です。気の向くままに昔の話でも今の話でも、何でもかまいません」
「昨日のことは忘れているが、うんと昔のことならありありと覚えていたりするのう」
「その昔話でも結構です」
「では何の話をやろうかのう。あれもあるし、これもある。しかし、今、話したいと思えることは少なかったりする。どちらかといえば話したくない」
「無理にとは言いません。気の向くままに、お好きなお話を」
 上田兵庫は、この老人がボケないうちに聞き出したいことがある。それは藩に関わる重大事で、それをとある老臣が書き残していた。
 それは老臣が亡くなったとき、消えたとされている。それが何処に移ったのかをいろいろ調べていると、滝田屋の藤兵衛という商人か武士なのかが分からない人物に渡ったとされている。この滝田藤兵衛、元は商人だが、藩の財政を任され、形の上では藩士になっていた。
 しかし、滝田藤兵衛の屋敷が火災に遭い、そのとき燃えたとされている。これで話は終わるのだが、実は写しがあることが分かった。その写しを、この老人が持っているらしい。そこまでつきとめたのだ。
 藩の重大事。秘密だ。それは先代が年取ってから出来た嫡子。それがすり替えられていた。つまり、やっと産まれた子はすぐに亡くなっているのだ。もう子ができないと思い、他の子とすり替えたのだ。
 その子は矢那村の庄屋の三男坊。同い年で顔も先代に似ていた。
 この世話をした老臣が書き残していたのだ。何かあったとき、役立つだろうと。
 上田兵庫にとり、それは役立つ。今の当主は正統な跡取りではなく、百姓の子。これは明るみに出せないが、そのことで主流派を牽制することが出来る。
 公に出来ないのは、幕府にしれてしまうと、藩そのものが危ない。だから、それはできない。養子をとれば済むことなのだが、そうしなかった。
「藤兵衛様は商人だったとか。このお話、面白そうですが、何かありませんか。昔の思い出として」
「それほど昔ではありませんがよく覚えていますよ」
 滝田藤兵衛。老臣が書き残したものを持っていた人物。ズバリ、そのあたりから聞いているのだ。
「あの人は小まめに帳面を付ける人でしてな。物覚えが悪いので、書いて残していたらしいのです。元商人ですから、言った言わないで揉めることがありますから、その癖も付いているのでしょうな。でもあの人が勝手に書いたものですから、証拠にはなりません。ただの覚え書きでしょ。藤兵衛殿の」
 この藤兵衛が老臣が記したものを預かっていたのだが、火災で消滅。その写しを、先ほどからボケた話をしている老人が持っている。ここを聞き出したいのだが、ここまで問うと、もうバレているかもしれない。当然、この老人がボケていないなら。
 老人は、これではありませんかと、その写しを書庫から出してきて、兵庫に見せる。
 そのものが手に入った。嘘のようだ。
「写しなので、真意は分かりませんよ」
 老人の頭はしっかりとしていた。兵庫が欲しいものを察したのだ。
 兵庫は、嫡子すり替えの証拠を、重臣達に見せた。しかし、相手にされなかった。とある老臣が書いたものなのだが、写しなので偽物ということもある。だから、証拠にならないし、こんなもの、いまさら出されてもなんともできない。
 それに今の百姓の子だった殿様、名君とされ、藩は上手く行っている。
 真実を暴いて良くなるのならいいが、ただただ混乱するだけのこともあるのだろう。
 その百姓の子の殿様、藩主の三代前の人の弟の縁者の娘を奥方としているので、その子は歴代藩主の血を引いていることになるようだ。
 
   了

  


2023年4月24日

 

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