小説 川崎サイト

 

四月の雨

 
「また雨ですなあ」
「四月の雨。菜種梅雨でしょ」
「それよりも寒いです。この雨。雨だけじゃなく、気温が低いですよ。冬物を引っ張り出してこないと」
「何処から」
「え」
「何処から引っ張り出すのですか」
「洋服ダンスです」
「誰が」
「僕がです」
「奥さんはいないのですか」
「いません」
「それで、洋風ダンスから冬物を掴んで引っ張り出すのですね。引っ張るのですね。ぐいっと」
「そこに拘ってくるとは思いませんでした。四月の雨は寒いと言いたかっただけです。そして五月の雨は冷たいと。これは寒くはないのですが、冷たいのです」
「引っ張り出しましたか。冬物」
「正しくは引っ張ったわけはありませんし、洋服ダンスは嘘です。分かりやすいように言っただけで、本当は部屋の隅の廊下の端に吊しているんです。ダウンジャケットでボリュームがありましてね、洋服ダンスがいっぱいになるので、外に出しているのです」
「じゃ。最初から出ている。引っ張り出す必要はないわけですね」
「でも廊下の端は物置のようになっていまして、そこからダウンジャケットを出すのは手間なんです。アコーデオンカーテンで仕切っていますので、目隠しになるんですが、これが開けにくい。また中のものがはみ出しているので、それに引っかかってカーテンが開けにくいのです。洋服ダンスの方が簡単です」
「詳しい説明、有り難うございます。実際の様子はそう言うことだったのですね」
「いや、寒いので、冬物を出してくる話ですから、出し方の話じゃありません」
「でも洋服ダンスなら観音開きが多いでしょ。アコーデオンカーテンは左右に走らせる。そして折りたたみ式だ。伸縮する。これはかなり違いますよ」
「だから、そういう話じゃなくて、仕舞っていた冬物をまた出してこないといけないということです。もう次のシーズンまで着ないので、奥の方に吊してある。だからそれを掴んで引っ張る感じなんです。こういう説明、くどすぎますよね。どうなんですか」
「一寸気になりましたので」
「それよりも、この雨で寒くなっている方が気になるでしょ。こちらがメインですよ」
「何の」
「話の」
「どうせ、世間話なのですから、何でもかまわないでしょ」
「まあ、そうなんですが」
「ところであなた。寒いと言いながら、冬物を引っ張り出さなかったのですか。着ておられませんが」
「だから、アコーデオンカーテンをガサガサ開けて、足場の悪い壁際からダウンジャケットを取るのが面倒臭くて、やめました」
「じゃ、寒いでしょ」
「この季節の寒さなんて大したことじゃありません」
「でもさっき四月の雨は寒いと言ってられましたが」
「一寸だけですよ。一寸だけ」
「さいですか」
 
   了

  


2023年4月28日

 

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