小説 川崎サイト

 

追放

 
「追放か」
「そういうことになります。殿の独断です」
「聞きとうないなあ、そういう話。大殿の代ならそんなことはやるまい」
「家臣も増えております。分け与える領地が足りないのかと」
「それでわしのようなや老いぼれは追放か」
「それぐらいで済んだのなら、まだましです」
「わしが何をした。先代から仕えておるんだ。古参中の古参ではないか」
「しかし、これといった働きはしておりません」
「不忠義もやっておらん」
「兄上の働きが高かったので、生き延びているのです」
「兄は出城で籠城し、耐えに耐え、よく食い止めた。この戦功は大きかったが、討ち死にした」
「殿様も恩に感じておられます。だから弟であるあなたを立て、重臣にまで上げたのです」
「しかし、わしにはその力はなかった」
「いえ、あるんですが、少し大人しい。もう少し目立った戦功があればよかったのですが」
「そういう戦いがなかっただけ。これまで色々ないくさに加わった。他の武将と一緒にな。しかし、わしは本陣近くを守ることが多かったので、手柄は立てにくかったのじゃ」
「しかし、敵の城を攻めるとき、大将として指揮を執っていましたが、なかなか落ちませんでした。長い包囲戦に飽きたのか、笛の音が聞こえてきました。誰が吹いているのかと思えば、あなた様でした」
「いや、飽きたからではない。笛が好きなので練習しておったのだ」
「殿はそのこともお聞きになりました。何とも生ぬるい大将かと」
「笛を吹いては駄目か」
「ホラ貝ならいいのですが、浮き世を忘れるような調べでは」
「手柄がなく、笛を吹く。これが追放の理由か」
「さあ、それは分かりませんが、殿との相性が悪いのかもしれません。重臣として名を連ねていますが、殿の評価は低かったのでしょう。大殿時代の家臣ですから。殿としては子飼いが欲しいのです」
「あの殿、下の者でも引き上げるからなあ。才ある者を引き立てる。能なしでは下げられるか。しかし追放とはなあ」
「少し手を抜きすぎたようです。もう少し懸命に仕えておれば可愛げも出たでしょうに」
「あの殿に可愛がられても仕方があるまい」
「その態度が気に入らないのでしょう」
「しかし、どうする」
「一族は既に逃げ出しております。それぞれ縁故を頼るでしょう。財産も、既に分け与えております。取り上げられる前に」
「準備がいいのう」
「とりあえず適当な山寺へ行きましょう。家来も少数で」
「わし一人でもいい」
「そうなのですか」
「笛か。笛だな」
「はあ」
「何処かの山寺で、思う存分笛を吹いて暮らすか」
「よきお心掛けで」
「ま、まあな」
 
   了

  


2023年4月29日

 

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