小説 川崎サイト

 

里芋様

 
「里吉が全てのことが分かったと申しています」
「あの里吉がか。意外な者が目覚めたことになるのう」
「悟ったようです」
「目覚めたか」
「はい」
「で、どうもうしておる」
「それがお坊様、神を見たと」
「目でか」
「いえ、感じたらしいのです」
「何をしておるときじゃ」
「木の根っこを引き抜いたときです」
「それで、抜けたのか」
「里吉の腰が抜けました」
「そのあとか、覚醒したのは」
「はい」
「それで、神とな。仏ではなく、神とな」
「はい、神だと申しております。神を感じたとか」
「どんな神様じゃ」
「人ではないようです」
「神なので、人ではないじゃろう」
「その姿がないとか」
「ほほう。そういう神か」
「この神様が作ったのかと」
「え、何を作っただと」
「この浮き世の全てです。だからその理が一瞬で分かったとか」
「ことわりのう」
「全部が全部、既に完成していたとか」
「面倒なことを言いだしたのう。仏では駄目か」
「里吉は神様が好きなようです」
「そうじゃったのう、里吉は寺嫌いじゃったのう。わしの説教を聞くのが嫌がっておった」
「何神様でしょうか」
「そりゃ、森羅万象を作ったものだろう」
「その神様、大きすぎますねえ」
「で、里吉はどうしておる」
「惚けております」
「とぼけた奴だ」
「何が起こったのでしょうか、お坊様」
「何かが憑いたのじゃ。きつねかたぬき」
「はあ」
「たまにおる。心配するな。すぐに抜ける」
「しかし、惚けていても凄いことを言います。里吉は悟っております。物事の全てを知っているような感じです」
「最初から世のことが分かってしまうと、楽しみがなくなるわい」
「里吉はそんなことが目的ではなかったはず」
「いらぬことを知ったのじゃ」
「お坊様もいずれ悟られるのでしょ」
「そんなもの叶わぬわ。それに里吉のように惚けとうはない」
「どういたしましょう。里吉を元に戻しますか」
「そうじゃな、驚かせばいい。それで憑きものも抜ける。木の根っこを引いているとき、腰を抜かす程度のことで悟れるのなら、簡単過ぎよう」
「はい。腰のあたりを狙って、脅かします」
 しかし、里吉は覚醒したまま戻らなかった。覚醒した者の目を覚まさせる。どういうことだろう。
 その後、里吉は里芋様と呼ばれ、村人が世話をした。
 
   了

 

  


2023年5月1日

 

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