小説 川崎サイト

 

残兵

 
「足も手も出ません」
「足手まといになるだけ、ここで残れ。または戻れ」
「どちらがいいのでしょうか」
「口は出るのだな」
「はい、手をやられましたし、足はくじいて歩くのが大変です」
「ここにいるのは残兵。僅かに乗った兵じゃ」
「他の人達はどうなったのでしょう」
「逃げたのじゃ」
「負け戦のようですからねえ」
「わしらはこの先の集合場所へ行く。組頭もいないので、何処かの指揮に入る」
「誰が指揮しているのでしょうか」
「それは分からん。生き残った者だ」
「逃げなかった人達ですね」
「もう小さな隊しか残っておらんだろ。残兵を集め、どうするのは知らんが、わしらはそこへ行く。お前も他の者と同じように逃げろ」
「何処へ逃げればよろしいのでしょう」
「さあな、敵の落人狩りに逢うかもしれん。道なき道を行く方がいい」
「村の方角はどっちですか」
「与沢村だったか」
「はい」
「あの山の方だ」
「分かりました。有り難うございます。ご武運お祈りしております」
「口は達者なようだが、足は動くのか」
「はい、ゆっくりとなら」
「では、気をつけてな」
「はい」
「それで、手は大丈夫なのか」
「手傷を負いました。軽いのですが、痛いです」
「無理をするな。片手で槍は難しいだろ」
「はい、杖にはなります」
「その槍、長いので、しなるぞ」
「はい、出来るだけ、下の方を持ちます」
「では我らは行く」
「皆さん、お元気で」
「お前もな」
「あのう、御名前を教えて貰えませんか」
「ただの百姓だ」
「ああ、そうでしたか」
「戸塚村の正造。何かの縁があれば、また会おう」
「はい」
   
   了


 

  


2023年5月2日

 

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