小説 川崎サイト

 

気運

 
 思う通りに行くことがある。順番があるのだろうかと田村は考えた。いつも、どんな順番でやっているのかを考えると、それは習慣のようになっており、パターンが出来ている。
 そこから出る事はあまりない。その必要がないためだ。これはこれで完成されたコース。いつの間にかそう定まったようなもの。定めたのは田村だが、変更してもかまわない。そして変えてもいい。
 これで、それなりに上手くいっているので、ほぼ思い通りのことが出来る。ただ、たまにそうならなかったり、なっても苦しかったりする。一寸無理があるようなところもあり、ここは苦しい。
 だから思い通りに行くパターンはあるものの完璧ではないので、完成された形ではないのだろう。こういうことは田村が勝手にやっていることだが、一般的な方法というのは明かされていない。
 それは各自が適当にやっていることで、目的ではなく、その過程となると、結果オーライになる。過程は各自に合ったやり方を各自が見付けること。
 しかし、考えなくても、自然にやっていたりするので、過程には拘らない。
 田村はそこにメスを入れようとしているわけではないが、ある盛り上がりが前回にはあった。それは自然な流れで、決まりものを決まった通りにやっていたのでは出てこないことだった。これは偶然だろう。
 過程には前後がある。これをして、これとか。
 その時、かなり偶然に選ぶようなものがある。これではないと思うと、さっとやめるのだが、そういう過程の流れが、次のものを探すようだ。過程の影響で。
 この方法は何処へ飛ぶのかがよく分からないので、思う通りには行かないことがある。しかし、引くことのないクジを引くこともあり、意外な展開になるので、悪くはない。
 しかし、それよりも、自然な流れで浮かび上がってくる次の過程。これが大事で、繋がりがあるので、スムーズだ。
 何々繋がりとか、これに似たものとかを選ぶ感じで、ここは意識的で、定番コースとしてあるわけではない。
 田村が前回、上手くいったのは、自然な流れに乗ったためだろう。そして、その流れに乗ると、いつもなら選ばないものでも選んでしまえる。そういう押し出しがある。
 これを気運というのだろうか。その流れ、その雰囲気のあるうちにしか出来ないことだろう。田村はそれを悟ったのだが、流れは変わりやすい。
 
   了

 



2023年5月4日

 

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