小説 川崎サイト

 

志井川

 
 勢いのある戦国大名が天下統一間近。その間、力のある家臣は城持ち大名になった。
 岩竹家は辺鄙な地だったが、そこで十万石の大名となり、そこへ移った。
 本拠地だった土地から遠く離れ、言葉も風習も違う。連れてきた家来は多くはない。そのため、元々そこに根付いていた者を多く召し抱えた。そうでないと仕切れないためだ。縁もゆかりもない土地なので。
「志井川の上流が怪しい」
 殿様の岩竹がしばらくして、そんなことを言い出す。この地からもいつ引っ越すかもしれない。まだ天下は治まっておらず、攻め取れる地は残っている。僻地で十万石でもいいのだが、欲がある。
 出世すればもっと広い領地が貰えるはず。だから、腰掛けのつもりで来ているのだが、初めての大名暮らし。領土を見て回るうちに、ここで終わってもいいかとも思うようになっている。
 十万石の大名なのだ。昔のことを思うと嘘のような出世。だが、同輩の中にはもっと出世していたりする。
 さらに、大殿の意向で、国替えは簡単におこなわれてしまいそうなので、腰を定めていいのかどうかも迷うところ。
「志井川でございますか」
「そうじゃ」
「あそこは国境の峰が源流かと。遠すぎて行く者もおりません。また上流は山また山で、狭い場所ばかり。そのため村などございません」
「その近くまで行った。果ての村じゃ」
「白木村ですな」
「そうじゃ。その先はもう田んぼも畑もできんそうで、村はないとか」
「そんな地はよくありますよ。いずれ開墾すれば石高は増えます。今は、その必要もございますまい」
「その川の上流を見ていたのだが、怪しい川じゃ」
「え、怪しい。どういうことでございますかな。まるで八岐大蛇でも泳いでいるような」
「あれは泳ぐのか」
「さあ、泳いでおるところを見たわけではありませんが、あれは水の神様。泳いだり走ったり空を飛んだりするでしょう」
「龍は走るか」
「足がありますのでな」
「かなり大きそうなので、動くのが大変じゃろ。山の中では木が邪魔をするし、川も狭いとか浅いとかではのう」
「何を呑気なことを言っておられます。まだこの地、固まっておりません。遊んでいる暇はございませんぞ」
「志井川の上流はやはり怪しい、人が住んでおらんので、何があるやもしれん。それこそ化け物が棲み着いておるやも」
「彦右衛門様、いや殿、そんな戯言を。十万石の大名でございますぞ。官位もあります。いくさともなれば数千を率いる大将でございます」
 岩竹彦江門が直接村々を訪れ、志井川に関する噂などを聞いた。
 どうも鉄が取れた時期があったらしい。
 岩竹のカンは当たっていたようだ。
 
   了

 


2023年5月7日

 

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