小説 川崎サイト

 

ナオトク村

 
 草加はまたなほとか村の夢を見た。なほとか村の絵は夢の中にはない。そして草加はなほとか村などへ行ったことはなく、村名さえ知らない。しかし、何度かなほとか村という言葉だけは聞いている。誰かから聞いたわけではなく、自分の口から出ている。当然それを思い起こしているのは自分で、発生源は自分。
 これは物心が付いてから知っていることで、最初から知っていることになる。ただ、しばらくの間は忘れていた。
 それにそんな言葉を聞く機会はない。ただ、村の話などを聞いたとき、なほとか村が出かかることもある。
 草加は、最近またなほとか村が出てくるので、心配になり、神秘家に聞いてみた。
 他に聞いてくれるような人がいなかったのと、よく通る小汚い通りのぼろ家の長屋の二階に神秘と書かれた看板を見ていたためだろう。神秘相談事など、色々書かれていた。
「なほとか村ですか」
「そうです」
「白崎さんを訪ねなさい。廃村に詳しい。さらに普通の村ではなく、一寸おかしな村の。白崎さんならなほとか村を知っているかもしれません」
 話はそれだけで、高い相談料を草加は払った。しかし、貴重な人の紹介料だと思えば、自分で探すよりも安上がりだろう。
 白崎氏はそれほど遠くの人ではなく、何回か電車を乗り換える程度。白崎氏の家も古いし、傾いているのではないかと思えるほど。
 そのため、入口の扉を開けるとき、ガタガタしている。戸そのものも歪んでいるように思われる。
「なほとか村ですかな」
「はい、ご存じですか」
「怪しげな村が昔あったと言われています。今もあるでしょ。そういう村の中の一つだと思われますが、一寸調べてみます。結構多いのですよ」
「よろしくお願いします」
 白崎氏は奥にある資料室から探し出してくれた。こんな簡単に見付かるとは草加は思わなかった。高い相談料を払っただけの甲斐はある。
「呪われた村に属しますなあ。これはかなりキツイ場所で、山中にポツンとあります。田畑もあったようです。ただ周囲の村と離れすぎていますし、この村だけが孤立していたようです」
 白崎氏は資料を読んでいるだけ。
 その資料、白崎氏は何処で手に入れたのだろう。
「結局のところ、村には住めなくなり、埋めたのです」
「はあ」
「場所は分かっています。ここに書かれています。でも実際に行った人は何も発見できない」
「井戸跡ぐらいはあるでしょ」
「当然埋められていますし。その上にかなり高い盛り土。かなり掘らないと、村の地面は出てきません」
「何ですか、それは。ダムに沈んだ村のようなものですか」
「そうまでしないと、危なかったのでしょ。今、そこへ行っても雑木林。それにどのあたりなのかはもう正確には分からないはず」
「それも資料としてあるのですか」
「はい、秘記としてまとめ上げられています。手書きの本ですよ」
「それを買われたのですか」
「はい、古書店でね。こういう廃村や村に関わる因習とかが好きでしてね。手当たり次第見付ければ買うのですが。殆どは個人から買っています。まあ、本に仕上げる人は希ですがね。だから話してもらい、それを書き写したり、録音していました」
「じゃ、なほとく村は資料としての纏まりがあるのですね」
「買えば済むだけでしたから。古書店で」
「それで、なほとか村で、昔、何があったのですか」
「見たそうです。でもそれは言えない。私じゃなく、目撃者がです。どえらいものを見たのでしょうねえ。何人か見ているそうです。中には見たのに、すぐに忘れてしまう人もいるとか。あってはならないものがあったので、認めたくないのでしょう」
「何でしょう」
「分かりませんが、村そのものを封印するため、埋めてしまった。余程のことでしょうなあ」
「でも、凄い人力がいるでしょ。大工事ですよ」
「近在の村も協力したようですよ。そのあたりにある大きなお寺が主導しましてね。言い伝えがあったのでしょ。しかし、それも秘中の秘。語ってはいけないこと」
「でも協力した村人は知っているでしょ」
「疫病が発生したので、埋めないといけないとだけ言われたとか」
「それで、なほとか村の人は何処へ行ったのでしょうか」
「もうその頃は廃村に近かったのです。だから村から出たと言っても数人です」
「なほとか村のことをよく夢で見るのですが、それはどういうことでしょうか」
「おそらく前世の記憶でしょうなあ」
「あ、はい」
 草加はこれで謎が解けたので、礼を言い、帰ることにした。礼金は請求されなかった。
 その時、一寸その手書きのなほとか村秘記を見せてもらった。
 和綴じ本で、タイトルは別の紙が貼られていた。 カタカナで書かれており、ナオトク村秘記。
 違う村での話だったようだ。
 
   了

 

 


2023年5月9日

 

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