小説 川崎サイト

 

朝会

 
 石清水宏一郎。浪人者だが、身なりはいい。仕官先から追い払われたり、藩が潰れたわけでない。郷士なので藩士とは言いにくい面がある。
 それに嫌気が差し、何とか抜けた。脱藩ではない。隠居ということにし、さらにその跡取りと言っても子がいない独り身。跡取りは適当な縁者に任せた。
 それで何とか城務めから解放され、藩からも切り放された。あとは何処へ行こうと自由。主君がいないし所属する藩がないため。個人になったわけだ。
 江戸のさる大名家の家老宅で朝会がある。朝食を食べるだけの集まりだが、その家老、用心深い。仲間内の藩士だけだと、これは怪しげなので、敵対する側の人間も誘っている。だから人脈的な繋がりはバラバラ。ここではその家老の私的なこととして、まあ、茶の湯のようなものだが、ただの朝飯会。当然飯を食うのが目的ではない。
「掴めませんなあ」
「何を考えておるのか」
「朝会と言いましても、何やらゴソゴソと」
「しかし、聞こえてしまうだろう。仲間内だけの寄り合いではないのだから」
「先日は石清水宏一郎と名乗る浪人者を引っ張り込んでおります」
「国は何処だ」
「山崎です」
「都の人間か」
「いえ、小藩にいた郷士とか」
「公家との橋か」
「あの家老が、そこに手を伸ばしているとでも」
「係わりのある人間かもしれんぞ。あの家老、朝廷を動かす気か。いや、ただの家老、そこまでのことはできんだろう。しかし、朝廷と親しいとなると、厄介じゃ。そうか、あの家老、そう来たか」
「石清水宏一郎は静かにご飯を食べておりました。始終聞き役で、何のために呼ばれたのかが分からないようです。世間話の一つや二つ、披露してもおかしくはないのですがね」
「別間で密談」
「いえ、我々と一緒に帰りました」
「勘ぐらせるためじゃな」
「はあ」
「憶測が憶測を生む。何もなかってもな」
 家老宅を出た石清水宏一郎は、何故誘われたのか、よく分からない。しかし、あの家老の家来に頼まれ、引っ張り込まれた感じ。朝飯を食べるだけだと。
 朝飯は宿で食べてこなかったので、ちょうど腹もすきだしていたので、石清水宏一郎は誘いに乗った。
 それだけの話だ。
 
   了

 



  


2023年5月22日

 

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