小説 川崎サイト

 

コンビニの音

川崎ゆきお



 村岡は早朝にコンビニのドアを開いた。
 何かの機械音が響いていると思った。ドアが故障しているため、ノイズ音が出ているのかもしれない。何かに触れて擦れているのだ。
 しかし、音は鳴り止まない。ドアは閉まり、静まっているはずだ。
 冬の早朝は暗い。だが、もう六時を過ぎている。近くで工事でもしているのだろうか。暗いので分からなかったのではないかと村岡は思ったが、暗いほど明かりが必要で、逆に目立つだろう。
 音は室内から出ている。
 音は低音で、うなり音だ。コンビニ店内で工事でもしているのだろうか。売り場ではなく、奥の倉庫で、何か作業でもしているのかもしれない。
 村岡は、よく分からない。可能性を考えているだけだ。
 音は時々聞こえなくなる。
 BGMかもしれない。
 しかし、こんな不快な音楽を流すはずはないし、また、曲になっていない。破れたような雑音が繰り返されているのだ。
 村岡は朝、起きた時、猫から餌の催促をいつものように受けた。
 キャットフードを切らしていた。決して忘れていたわけではなく、スーパーで安いのを買うつもりだった。
 結局スーパーへ行く機会がここ数日なく、その朝切らしてしまったのだ。
 猫が嘆願するように泣く。餌を与えないとずっと泣き続けるだろう。この泣き声を止めるには、餌をやるしか他に方法はない。
 冷蔵庫の中を捜すが、猫が食べられそうなものは入っていない。
 それで、コンビニに来たのだ。ここで買うと高い物につく。
 村岡はペットフードの棚へ行く。まだ、あの音は鳴り止まない。
 缶詰を手にし、レジへ行く。これで一食分では高い。
 レジでやっと音の正体が分かった。
 白髪で白髭の大きな男が真っ赤な顔で、呼び込みをしていたのだ。
 ドアを開けた時の音は、
「えーい、いらっしゃいませー」だった。
 八百屋の大将や魚屋の大将と同じリズムと発声法だった。
「へーい、チキンナゲット、アツアツ、どうでっかー。美味しいで、いけるでー」
 誰に向かって発しているのだろう。客は村岡しかいない。
 深夜勤務の寂しさで気合を入れていたのかもしれない。しかし、自棄糞な声だ。
 どんどんおかしくなり、日の出前に盛り上がりのピークに達したのかもしれない。
 村岡は、キャットフードひと缶をレジに乗せる。
 店員は真っ赤な顔で、白髪や不精髭は猫のように立っていた。
「へーい、百五十万両お買いあげー」
 と、言う言葉が返ってくることを村岡は期待した。
 
   了


2007年12月6日

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