小説 川崎サイト

 

得道様

 

「方々を探したのですがね。見当たりません」
「大事なときに、何処に行っておられるのじゃろうなあ」
「村内にはいません」
「東神社の奥宮も探したか」
「あそこは遠いですよ。山の中です」
「近いと奥宮とは言えん。得道様はあそこへもよく行かれるとか」
「はあ、しかし、今から探しに行くとなると」
「そうじゃなあ。村内で行きそうなところは他にないか」
「村を出たのかもしれません」
「用事などなかろう」
「隣村にたまに行くようです」
「清司村か」
「いつもはおるのだろ。いつものところに」
「庵にずっといますが、たまにいなくなります」
「そのへんを散歩されているのではなく、出掛けたと言うことか」
「はい」
「城下へ行ったのかもしれません。あそこまで行かないと手に入らないものがありますから」
「その城下から人が来ておるんだ。探しに行っても無駄だし、見付けても、もう遅い」
「お城からは遠いですからねえ」
「折角来てもらっているのに、留守とは、返事に困る」
「何の用でしょうねえ」
「知らない。しかし、諦めて、帰るだろう」
「もうかなりお待ちですからねえ」
「長居されるのも困る」
「得道様の庵で待てばいいのになあ」
「留守なら誰もおらん」
「しかし、直接得道様の庵へ行かれたらいいのにねえ」
「場所を知らんのじゃ」
「聞けば分かりますよ。私がお教えしましょうか」
「いや、ここで得庵様と会いたいのだろう」
「お殿様もお寄りになる大庄屋邸ですからねえ」
「しかし、城の侍。若いなあ」
「何方様ですか」
「側近だろう」
「接待の必要はないのでしょ」
「茶膳で充分。諦めて、そのうち帰るだろう」
「はい」
 そこへ城の侍が呼ぶので、庄屋は客間で話を聞いた。
 すると、徳庵という村に居着いている人は学者で、この村には不思議な伝説があり、殿がそれに興味を抱き、村に詳しい徳庵様に聞いてこいとの話らしい。
 しかし、待っても戻られんようなので、帰ることにするとか。
 村にはそんな伝説はなく、あるとすれば東神社の奥宮程度。何が祭られているのか、分からないらしい。しかし、学者の得道が調べに行っているとは思えない。行っても何も出てこないだろう。
 きっと城で、誰かが適当なことを殿様に語り。それを真に受けて、調べるつもりだったのかもしれない。
 得道はその日、城下に出ていたようだ。そして久しぶりに酒を飲み、寝てしまったらしい。
 
   了



2023年5月29日

 

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