小説 川崎サイト

 

裏山様

川崎ゆきお



 いつのころからか、それを裏山様と呼ばれるようになった。
 浦山と言う人物ではない。山の裏の意だが、山の裏側ではなく、村の裏側の意だ。
 ちょうど村の奥まった場所にあり、そこから先は山の斜面で、樵道さえない。
 村に接しているが里山ではない。村の一部であり、集落内だ。しかし家は一軒もない。
 村には神社も寺もあるが、裏山様とは離れている。
「何ですかね? その裏山様って」
「場所なんですよ」
「拝見しましたがただの雑木林でしょ」
「雑木林が残っているだけでも不思議でしょ。この一帯は全部植林ですよ」
「そうなんですか。そういえば色が違いますねえ」
「元々、この辺に生えていた植物でしょうね。ブナが多いです」
「そこがどうして裏山様なんでしょうか」
「人の手が入っていないんですよ」
「神聖な場所だからでしょうか」
「何が神聖なのかも、よく分からないんだ」
「あなたは、この村の人でしょ。言い伝えを聞いていないのですか」
「裏山様って、言うだけです。子供のころから、よく聞いてます。夜中に泣くと、裏山様が来るぞっとかね」
「神社も知らないのですか?」
「神社ができる前からあったらしい」
「土着の信仰でしょうか」
「そうだと思う」
「山岳信仰とか」
「あなたも見たでしょ。村の行き止まりの日当たりの悪い窪地ですよ」
「そうですね。高い山とか、妙な岩とかなら、拝みたくなりますが、あそこは気持ちが湿気ます」
「隠語があるでしょ」
「はい」
「あれに近い」
「はあ」
「表立っては誰も口にしない」
「じゃ、裏山様は何の隠語ですか」
「何が隠されているのかが分からないまま、隠語だけが残ったのです」
「想像できませんか? この村で何かあったわけでしょ。その痕跡が裏山様だと思いますが」
「私も調べたんだが、あの場所と関係するような話はないんだよ」
「神社はいつできたのですか」
「村ができた時だから、鎌倉時代かな。村がない時代なんから、裏も表もないよ。裏山って、言葉にはならないと思うね」
「こういうのは忘れ去られるんでしょうね」
「そうだね。僕らも最近は裏山様って言わなくなってる」
 
   了

 


2007年12月8日

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