小説 川崎サイト

 

戸澤奥村伝説

 

 山里も里であり、家があり、村としてある。一軒家ではない。山小屋や炭焼き小屋が点在していても。それは村ではない。村落では。ただ、近くの村のものだろう。だから村の一部。
 もうこの先は村はないと思われる人里の先に、まだあるとされる伝説がある。奥村伝説と言われており、隠れ里のようなもの。
 これは大きな山並みではなく、小高い山が重なるような山地に多い。襞が多く、谷が多い。少しでも平らな土地があれば人が住む。谷川縁に少しでも膨らんだ平地があれば、そこに田や畑が作れる。ただ、増水すると難儀なので、その手当ての方が大変だろう。
 だから、田畑ができそうなところはもうないはずなので、その先にはもう何もないはずだが、実はその奥に、まだあるという伝説。
 しかもそれなりに広い場所で、一ヶ村としての大きさは充分ある。そんな場所があるのなら、もうとっくに村ができているはず。
 戸澤村の奥村伝説もその一つで、広さはないが、山中に平気な顔で存在している。特別なことではなく、当たり前のように。
 だが、そんな土地は近在の人ならないことを知っている。これは錯覚のようなもので、実はそんな山中ではなく、それらの深い山の向こう側に突き抜けてしまい、お隣のお国の村に迷い込んだだけ。
 ああ、そうだったのかと、迷い込んだ人はすぐに分かるのだが、その時の印象で奥村話を作った。お伽噺だ。
 これは子供用の話で、大人向けではない。子供ならそんなことがあるのかもしれないと思うだろう。
 ただのウダ話だが、いつの間にか口伝で世代を超え、さらに書きものとして残ると、それは大人も読むようになる。さらに書となるので、遠く離れたところにも伝わる。
 これが都にも伝わる頃には奥村伝説として、さも、そういうものがあるようにまことしやかに語られるようになる。読んだ人が別の人に語り、聞いた人がまた別の人に語る。
 最初に言いだした人が確かにいる。戸澤の某が奥村に迷い込んだとなっているが、それは勘違いだったと言っているのだが、それが口伝では省かれている。勘違いでは面白くないためだろう。
 世に流れている事柄も、本当はそうじゃないのに、ということが多くある。当人にしか分からないかもしれないが。
 
   了


 


2023年6月26日

 

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