小説 川崎サイト

 

暑い日

 

「暑くなりましたなあ」
「夏ですからね」
「来ましたね」
「ずっと前から来ていますよ」
「しかし、夏らしくない。春に着ていたのと、それほど違わないのを着ています。夏服があるのですが、それでは少し寒い。ところが今日などは夏服でも暑い」
「着なければいいのですよ」
「そうですねえ。売っているから買ったのですが、いらないんだ」
「余計なものを着るから暑いのですよ」
「でも、素っ裸じゃ駄目でしょ」
「見かけませんねえ。昔はいたでしょう。褌一丁で作業とか」
「ああ、昔の絵で見たことがあります」
「しかし、裸だと日に当たりすぎて、焼けますよ。火傷ですよ」
「泳ぎに行ったとき、そんな感じでした。皮が剥けたりしてね」
「まあ、服を着て泳げませんからね」
「しかし、暑いと息が荒くなります。血管も太くなっていますねえ。浮き出しています」
「そんなところを切ると難儀ですよ。だから服を着ておれば、少しはましでしょ」
「それで、着ているのですか」
「いやいや、そうじゃないですが、大きな物を抱え持ったときなど、皮膚を擦りますからねえ。やはり、何か当てていないと。だから長袖とか手袋がある方がいいんですよ」
「そんな作業、したことはありませんが、自転車で転んだと、半ズボンをはいていたので、モロにすりむきましたよ。そういうことですね」
「まあ、そういうつもりはないかもしれませんが、周りの人が着ているようなのを着ていればいいでしょ」
「それで決まることが多いです」
「あとは、自分の好みを入れたりする程度です。大きく外さない程度にね」
「そうですねえ。変な格好していると、目立ちますからね」
「作為しなくても目立つ人もいますがね」
「しかし、殆ど同じスタイルですよ。これは見事だ」
「着ているものが無口なんです。あまり喋っていない服装。これが無難でしょう」
「しかし、あなた、目立ちますよ。右肩が出ていますよ。胸も少し。片肌脱いだようになってますが、そんな人、いませんよ」
「これは僧衣です」
「でも肌が顕わだ」
「暑い国の僧衣ですから。それに布一枚と言うことです」
「ねずみ男が着ているの、それ、同じですね」
「きっと天竺から来たのでしょ」
「あなた、日本のお寺の人ですか」
「旅行者です」
「でも、日本語ペラペラですねえ」
「日本人ですから」
「あ、何もかも変わっておられる。目立ちすぎでしょ。それ」
「そうですねえ」
「それ、暑くないですか」
「風通しがいいのです。冬は寒いのが難ですがね。日本へは夏にしか来ません」
「はい、お大事に」
 
   了


 


2023年7月1日

 

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