小説 川崎サイト

 

付喪神

 

「不思議なことが起きかかっておるのです」
 眠たそうな老人が、まだ寝ているような妖怪博士に語り出す。
「親の代からある急須ですがね。口があるでしょ。長い。クチバシのような」
「はい、あります」
「その口から声が聞こえるのです。何かもごもごと喋っている。そして急須の口が少し動いているようにも見えるのです」
「茶瓶の口、横から口を出すな。とも言われていますねえ」
「他に誰もいません。一人で喋っているのです」
「親の代からの急焼ですかな」
「口の切れがいいのです。他にも急焼はありますが、これが最高にいい。だからまだ使っています。母親が買ったものでしょ。値打ちのあるものじゃありません。ただの瀬戸物です。でも壊れないで、よく持ったものです」
「茶碗はよく落として割ったりしますなあ。洗うときとかに。手が滑って。それに他のものと一緒に洗い桶などに入れるからでしょ。急焼は頻繁に洗わない。一寸拭くだけ。まあ、中まで洗うとなると、大層ですがな」
「はい、その急焼も内側は色が変わっていますが、汚いという程じゃありません。湯飲みも長く使っていると、中側に色がこびり付き、なかなか取れませんがね。これはお茶を飲んだあと、すぐに洗えばいいのですが」
「それで、その急須、どうなりましたかな」
「はい、先ほども言いましたように、喋り出すのです。私がいるときに限ってです。急須をそのまま置いているときがあるのですが、そっと近付いて様子を見ると、喋っていない。一人では喋らないのです。だから独り言じゃない。それで、しばらく見ていると、急須も気付いてたようで、喋り出します」
「どんな言葉ですかな」
「言葉になっていません。くちゃくちゃとか、キュウキュウとか、そんな音の状態です」
「話しかける急須ですかな」
「そうだと思います。これは何でしょう」
「親が使っていた急須。そしてあなたも結構なお年でしょ。百年は経っているかもしれません」
「親が結婚したときに買った品とか。だからそれぐらいは立っているかもしれません」
「なりかけの付喪神でしょうなあ」
「はあ」
「器物が百年経つと、化けると言います」
「化けかけているのですか」
「いや、化けきっているかもしれませんが、何を言っているのか分からない状態なので、言葉足らず。まだ言葉を知らない。だから化けかかっている状態でしょうなあ」
「じゃ、もうすぐ何を言っているのかが分かるかもしれませんね」
「もっと立つと、手足が出てくるかもしれません」
「オタマジャクシですなあ。そのうちカエルに」
「いや、固そうな急須なので、分服茶釜レベルでしょうなあ」
「はあ、それは楽しみだ。歩き出すかもしれません」
「それで、変なところを移動中、落ちたりすると、割れるかもしれませんが、付喪神の急須なら、そんなへまはしないでしょうが」
「はい」
「それにあなたが見ているときだけそんな芸をやるのかもしれません。見ていないときは、ただの急須。だから夜中に動き出すことはないタイプの付喪急須だと思います」
「私としてはどう扱えばいいのですか」
「もう神になられたのなら、急須として使わない方がいいですよ。落としたりぶつけたりすると、一巻の終わりですからね」
「はい、しかし、別の急須を使うようになると、焼き餅を焼きませんか」
「急須で餅は焼けません」
「ああ、なるほど」
 
   了

 



 


2023年7月3日

 

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