小説 川崎サイト

 

弘法筆を選ばず

 

 これでいいのではないかと竹田は思うことがある。より高度なもの、凄いものを探していたのだが、かなり大層な話になる。
 それに精神を研ぎ澄ませ、集中しないといけない。凄いものなので、それなりの態度で接することになるが、これがしんどくなることがある。
 それで、ふと簡単なものに変えてみると、楽だ。そしてスラスラと行く。快適だ。しかし、最高のものではない。よくある、ありふれたものだし、その中でも特に優れているものではない。
 しかし、竹田はこれでいいのではないかと不精なことを考えた。考える前に感覚的なものが先に来た。そして、そう思ったあと、そう思えるのはどういうことかと考えた。
「また、妙な考えに入ってますねえ。竹田君」
「はい、上等なものを求めていたのですが、しんどくなりまして、一寸手を抜きました」
「上等なものほど手は抜けない。そういうことです」
「仰る通り、これは厳しいです。休むところがない」
「高度なことをやっているからですよ」
「低度なら楽です。でもそれで目的が果たせるかどうかなんですか。どうなんですか」
「私に聞いても答えられないがね。事柄にもよるし。しかし程度の低いものでも上等なものを越えることもあるでしょう。誰も相手にしない下等なもの。まあ、下等といっては失礼ですが、そのレベルでもやっていけるのでしょうなあ。まあ本人との相性もあります。水を得た魚になるとかね」
「下等なものは下等なことしかできないと思っていましたが」
「だから下等なものは上等は相手にしないのでしょ。しかし、それで目的が達成出来るのなら、上等でしょう。上手く行ったという意味での上等上等ですがね」
「上手と言ってもいいですねえ」
「上等なもので下手なことをしていては駄目ですからねえ」
「じゃ、僕のやり方は手抜きじゃないのですね」
「手を抜くのは逆に難しいとも言います。抜けばいいというわけではなく、抜くと成立しなくなりますからね」
「僕はどうも高望みしていたようです。一番良い状態でやりたいので、一番いいものでやりたいのですが、それでは望みを叶える前にバテてしまって」
「まあ、望みなど簡単に叶うものじゃないでしょ。それに叶えば終わってしまいます」
「しかし、もうこれでいいのかなと思う心理は何でしょう」
「今まできつかったからでしょ」
「そうですねえ」
「それだけのことですよ」
「はい」
「絵の上手い人は子供の使うお絵かき道具でもいいのを書きますよ。あまり使わないようですがね」
「じゃ、僕は使ってみます」
「竹田君が使えば、子供が書いたものと同じなので、大人が書いたとは誰も思わないでしょう」
「きついです」
「まあ、絵を書く話じゃありませんが、いいものが必ずしもいいものだとは限らないと言うことでしょうねえ」
「はい、了解しました」
 
   了



 


2023年7月4日

 

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